というわけで、今日は香港。
ふとデスクから顔をあげれば、ケリーが手提げ金庫を持って立っていた。
きゃーっ!上司の威厳を試される、恐怖の現金チェックだわ!
やはり今日も、10セント合わない。まあいいや。
どうせいつものように自分が間違えているのだろうと、適当にサインをしておいたら、
人民元の10セントが混じっていて、ぎえっ、本当にケリーが間違えていた。
これも、設定だ。ケリーなどいないのだ。と、トイレで自分に言い聞かせる。とほほ…。
ここ数日、この世界がデジタルの数字の設定で成り立っているということが入ってから、
空間が白くかすみがかったように見えるようになった。
霧みたいなモヤが立ち込めているような感じ。
道を歩いている時、電話で仕事の話をしている最中、メールをチェックしている時も、
この設定を解除してくださいと、兄貴に依頼し続けている。
すると、空間が白んで見えるようになった。
最初、本当にもやが立ち込めているのかと思った。
次に、自分は白内障か何かになったのでは、と疑った。が、どうもそうではないらしい。
なんか、みんな優しくなっているようにも感じる。
人々の肉体に現実味がなく、景色が平面的に見える。
以前、リアルな夢を見た話を書いたが、その中に出てくる人のように、
立ち現れる人はどこか、にやけたようにニヤニヤしている。
↑バルセロナのサグラダ・ファミリアで撮影。懐かしい。
昼休み、会社近くのジムへ行った。マシーンで下半身を鍛えたあと、、
しばしマットの上で瞑想をする。やはり眼前に白いもやが立ち込めている。何だろう、これ。
ふと、兄弟てっちゃんが言っていた、〝消える動物の話〟を思い出した。
カラス、スズメ、海の魚など、地球上の至る場所で、大量に生息しているにもかかわらず、
僕たちはそれらの死骸を見たことがない。
田んぼでうるさく鳴いている、あの半端ない数のカエルは、一体どこで死んでいるのだろう。
よく考えてみれば、犬や猫、車に轢かれたカエルなど、
死体を目にするのは必ず人間とかかわり合った動物だけだ。
象の墓場のように、スズメやネズミの墓場を発見した、という話も聞いたことがない。
人間の意識が交差していない動物は、ある時期が来ると自動的に消滅する、
と兄弟てっちゃんは言う。逆にいえば、人間の意識が動物を作っているとも言える。
まあ、人間の意識が見ていないものは存在し得ないのだから、一理あると思う。
ミツバチが消えたのも、プログラムが解除され、自動削除が起こった結果なのかもしれない。
そう言う意味では、人間だって同じだ。
兄貴に依頼して(兄貴も本当は自分なのだが)、設置された画面を解除し続け、
ハートの光だけになってゆけば、やがて意識は消滅し、自分の肉体も削除されるはずだ。
これからは死をもって故郷へ帰ってゆく人ばかりではなく、死体を残すことなく、
この設定の世界から、瞬間的に削除され、消え去ることもありうるのだろう。
その際、消え去った本人は最初からいなかったものとして、瞬時に人々の設定が再構築される。
その人のいないバージョンの物語が再度作り直されるのだ。
ひょっとすると、自分の周囲でも、すでに故郷へと帰還した人が何人もいるのかもしれない。
ただ、自分がそれを覚えていないだけだ。
そう考えると、この現実世界がいかに頼りなく、おぼろげな存在かということがよく分かる。
そうこうしているうちに昼休みは終わりに近づき、
僕は慌ててシャワーを浴びに、更衣室へと向かった。
なんか、今日は変だ。明日はもっと変になっていく予感がする。
でも、まんざら悪くない。このまま、身を任せよう。