香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

動いたことのない自分


↑市内を走るミニバス。監視カメラの数を数えたら全部で6個あった。


月曜日 午前→香港 午後→中国深圳市

火曜日 午前→香港 午後→中国佛山市

水曜日 終日→中国佛山市 夕方→香港移動

木曜日 午前→香港 午後→広州市

金曜日 終日→中国工場  夕方→香港移動


来週のスケジュールに合わせ、ふぁちゃんが直通列車の切符やら、バスの切符やら、

ホテルの予約表やらを手渡してくれる。僕は〝ありがとう〟と笑顔で受け取る。

て、そんなわけないだろ!なんじゃ、このスケジュールは…。ほんま、俺を殺す気か!

特に水曜日は、前にも行った恐怖の工場視察だ。またあの灼熱地獄と、

天真爛漫な人たちとのやり取りに明け暮れなければならないのかと思うと、泣けてくる。

(※6月21日の記事参照下さい)


僕の場合、過密なスケジュールは全く苦にならないのだが、きついのは移動だ。

香港から大陸の各都市への移動は、短くても片道3時間くらいかかる。

2時間の会議のために往復6時間の移動とは…。せめて、1日ごとの移動にしてほしかった。

しかし、これはふぁちゃんに言っても仕方がない。

最大の山場に向け、全く違う性質の業務が同時多発的に発生しているせいで、

前後の業務内容を把握しながら日程を調整することはなかなかむつかしい。


まあ、移動の間は兄貴と話をしたり、ひゅんひゅんを感じていたり、

小説を書いたりして過ごしているので、退屈するということはないが、

ここまで移動が多いと、いくら幻想といえども、いい加減うんざりしてくる。


それでも、ここ最近は徐々に〝移動〟や〝時間〟の感覚が消滅しつつある。

これは〝静寂の意識〟を発見できたことや、全ての出来事がただのデジタルの設定

に見えるようになったことが関係しているのだと思う。


僕の場合、自分の肉体と少し重なるように、もうひとつの静かでクールな意識を

常に感じているのだが、その意識の中にずっと留まっていると、

肉体の自分がどんなにちょこまか動き回っていても、

本当は全く動いていないように体感されてくるのだ。

ちょうど、ランニングマシーンに乗っていて、回るベルトの上を歩きながらも、

自分はそこから一歩も移動しておらず、周囲の景色だけがクルクルと変わっていく

ような、そんな感覚に陥るのだ。


また、すべての景色が数字で設定されたデータだという見え方が深まってくると、

スケジュールをこなしている自分も、飛行機に乗っている自分も、

すべてがバーチャル世界で繰り広げられている〝仮想世界〟上の出来事としてしか

捉えられなくなり、「これは全部ウソだ!」と心底思えてくるのだ。


↑歩いて中国の国境を抜け、香港側に入った途端のゲリラ豪雨。

佛山市では夜、散髪と、足の裏の角質取りと、マッサージをしてもらおう。

広州では酸辣湯(酢や胡椒を効かせた、酸味豊かなスープ麺)を絶対に食べるのだ。


いま見ているこの景色の分しか世界はない。

瞬間、瞬間の愛の光をしっかりと見留め、聞き留めていくのだ。

そうして兄貴にその都度、正常な知覚に戻してもらい続けていれば、

やがて時間自体が削除される日が来るのだろう。