香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

やってきました。エゴの逆襲!


↑なんだか樹の巨人が立っているみたい。

高倉健さんが亡くなられた。

本当は亡くなってはいないのだけれど、肉体は無くなった。

この報をワイドショーで見たとき、僕の中に、ある感慨が去来した。


〝なあんだ。いくら名声をほしいままにし、みんなから尊敬され、好きな仕事をしていても、

やっぱり最後はこうなるんじゃん!〟


逆に言えば、やりたいことを我慢し、好きでもない仕事をしながら、

人の目を気にして生きていても、やっぱり最後はこうなるんじゃん! ということだ。

そして、数か月もすれば忘れ去られ、消えて行ってしまう。


僕はもう、前者も後者も望まない。

隠ぺいしているすべてを削除し、終わらせ、一刻も早く、いち抜けしたい。


誰も何もしてない→肉体の自分も何もしてない→ゆえに罪はない→神の愛しかない


全てのシチュエーションに、徹底してこれを適応し始めてから、

胸のひゅんびゅんが止まらなくなった。これはマジできつい。

びゅんびゅんどころではなく、ぎゅんぎゅんだ。

それはちょうど、ハッピーひゅんひゅんと、

ネガティブびゅんびゅんの先をゆくくらいの感覚で、

別に何もないのに、みぞおちのあたりでずっとざわざわしている。

特に、神の愛だけを感じさせてください、ととなえると一層強烈に来る。

わけもなく、軽いうつ状態、軽い不安状態が、ずっと持続し、

大失恋したあくる朝、みたいな切なさにずっと襲われるのだ。


からくりが全部わかっているのに、

まだここに居続けなければならない絶望感に絶えずさいなまれる。

これって、キツイ。


エゴの逆襲なのかもしれない、とふと思う。

僕が完全に兄貴のほうへ行ってしまったので、

エゴはもう、僕に対して友達の振りをしなくなったのかも、と。

それとも、これはハートそのものなのか。

どう扱っていいのかわからないからきつい。


ただ、無視して、聖霊に〝神の愛だけを感じていられるようにしてください〟と依頼する。

どんなにこの現実での成功を手にしたって、神の愛を感じていなければ意味がない、

と高倉健さんの死の知らせを聞いて思った。

もちろん彼が神の愛を感じていなかった、ということではない。

今の自分は、神の愛だけを感じていられるよう、それだけを依頼している。


あれ?ひょっとして、このぎゅんぎゅんがすでに神の愛で、

自分が勝手に嫌なモノとして知覚しているだけ?

という事は、僕は神をこんなにもぎゅんぎゅん恐れているのか?

ぐえーっ、ぎゅんぎゅぎゅぎゅーんっ!