急に思い立ち、ひとり、アパートの裏にある森の中を散策した。
面積が東京23区の2倍くらいしかないコンクリートジャングル香港では、
こうした天然の森がある環境は本当に貴重だ。
特に香港島は硬い岩盤でできているために土がほとんどなく、
樹木が育ちにくいのだ。
このアパートに住むことにしたのも、緑豊かな自然が決め手だった。
なのに、夏の間は虫も多いし、森は鬱蒼としていて、人通りもほとんどないので、
普段、滅多に足を踏み入れることはない。
しかし、なぜか今日に限って、静かに自然の中で過ごしたくなった。
気温は20度。寒くはないが、曇っていて、空気はひんやりと心地よい。
小川に沿ってゆっくりと晩秋の森を歩く。
途中、だれが持ってきたのか、椅子が置いてあったのでそこに腰かけた。
小鳥のさえずりに水の流れる音、風で落ち葉がカサコソいう音も聞こえる。
この時、気持ちは落ち着いていて、なんの心の動きもなかった。
椅子の背凭れに頭を載せ、頭上の空間に伸びた枝葉の模様をぼーっと眺める。
だが、静かにハートだけを感じていようとすると、
それをかき消すように思考が湧きだしてくる。
これまで思い出すこともなかった古い友人の顔、
昨日受け取ったちょっとしたメールの内容、
もし、いま背後から誰かに襲われたら、という〝もしも〟シリーズなど、
少し油断すると、それらの〝思い〟でハートが見えなくなる。
その都度〝いま見えている景色〟に意識を集中しなおす。
みぞおちのひゅんひゅんがやってきた。
エゴのフィルターを通さずに、そのまま、ひゅんんひゅんを放射させる。
と、景色の方からもひゅんひゅんがやってくるのを感じた。
「それでも好きだよー。」
と、どんなストーカーも真っ青になるくらいの勢いで、神がダッシュしてくる。
一瞬、逃げたくなるのをこらえて、そのままみぞおちを貫かせる。
「君が好きだよ。君のことが、とてもとても好きだよ。」
どのくらいそこに佇んでいただろう。2時間くらいいたかもしれない。
静かに、静かに、ハートと共に過ごす土曜の午後。
明日、このひゅんひゅんがびゅんびゅんに変わるかもしれない。
だが、それが何だと言うのだろう。
兄貴が、兄弟がついている。