バルセロナでこの像を見た時、大きな衝撃を受けた。
自分そのものだ、と思ったからだ。
大きく開いている扉を背にして、
自分は柱に巻きついた縄をきつく握りしめている。
柱に縛り付けられ、身動きが取れないと思いながら…。
しかし、周囲では半パンにTシャツ姿の観光客たちが、
陽気にはしゃぎながら扉を行き来している。
縄などなかった、ということに気づく。
手放す縄さえない。夢を見ているんだ。
その根底にあるのは、自分に罪はない、
というきっぱりとした自覚だ。
金曜日の夜からずっとお籠りをしていた。
こんなに寝れるのか、というほど寝た。
その間、夢をいくつも見た。
自分はまだ子供で、自宅にいる。
両親とドライブへ行くと言うので、
トイレへ行って外へ出てみると、
両親はすでに車で行ってしまった後だった。
家に戻ると、家財道具全てがなくなっている。
もう両親は戻ってこない。自分は捨てられたのだ。
と悟った瞬間、何もない家の中で、
深い喪失感と悲しみに打ちひしがれた。
両親がいなくなった。もう戻ってこない。
どうしてよいかわからない。
親戚を訪ねてみようか、
隣の家の子になろうか、
それともここで両親の帰りを待ち続けようか。
ちょちょまう頭で、思索を巡らす。
ある日、両親が戻ってきた。
父は何食わぬ顔で新聞を読んでいる。
怒りがわいてくる。
僕は父に抱きつく代わりに、
父に泣きながら殴りかかった。
父は僕に叩かれながらも、笑っている。
そこで目が覚めた。
最近こういう類の夢を毎日のように見る。
そして、夢から目覚めるたび、
もう夢は見ない、という意欲を持つ。
こうして寝ている夢から覚めたあとも、
布団の中で「今いるこの現実の世界も全部夢なんだあ」
と実感する。幸せな感じが込み上げてくる。
ああ、しみじみ、よかったあぁー。