香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

オチだけの話



今日は午後から経営者セミナーに参加した。

人材派遣でおなじみ、インテリジェンスの主催で、

〝経営力強化に必要な20のこと〟

と題して行なわれた。

久々に大勢の日本人を見たので、胸がドキドキした。


スクリーンに映し出されたグラフや表を基に、

いかにして経営力を高めるかを講師が説明してゆく。

そのときは、ああなるほど、と聞いているのだが、

セミナーが終了し、会場の外に出た途端に、

さっきの講演内容を、覚えていないことに気づいた。

別に居眠りしてたわけでもないし、

講師の方のしゃべりも面白かったのに、なんで?

しばらく考え、ああこういうことか、と理解できた。


話にはまず、相手を引き込む〝ツカミ〟というものがあり、

それから〝ボケ〟て〝ツッコ〟んで、最後に落とす。

この起承転結があって、

初めてストンと脳への刷り込みが起こる。

お笑い芸人のみならず、ドラマや小説、論文など、

優れた文章はすべてこの4段落ちで書かれている。


この講師は多分、結論の部分、すなわち、

〝オチ〟だけを話していたので、

その時は、ああ、そういうことね、とわかるのだが、

前段階の〝刷り込み〟過程が全て省略されているため、

脳に定着しなかったのだ。


『奇跡のコース』でさえ、これで書かれている。

ある章を例にとると、

まず最初に「あなたは何が欲しいですか。」

とツカんでおいて、そのあとに、

あなたが欲しいのはエゴの真実ですか、

それとも神の真実ですか、とツッこんだあと、

エゴの信念体系を選ぶと、こんなんになっちゃった、

とボケてから、

聖霊と共に見て行くことで、神の真実が獲得できる、

というオチで締める。

また、多くのスピリチュアルマスターは、

自分の生い立ちや生々しい日常は一切語らず、

オチだけの話、すなわち、

気づきの後の美しい言葉だけを話すことによって、

逆にどこか神秘的な、奥深い感じを

醸し出したりしている。


同様のことは、多くのスピブログでも言える。

前段階を全部すっとばし、オチの部分、

「罪はない。世界もない。もう戻ってゆける。」

と、オチの部分だけを書いてしまったりする。

ただ、これだと、イメージは伝わるが、

内容がオチてこないのだ。

セミナーの間、絵を描いて過ごした。

うまく描けないので、何度も描いた。

顔を上げると、隣りのおっちゃんに

ずっと見られていた。


自分にツッコむ。


セミナーの内容が記憶に残らへんのは、

講師のせいでもなければ、

ボケとツッコミがないからでもない。

講演のあいだ中、ずっとうわの空で、

へんな絵ばっかり描いてたからやろ。

もとから、聞く気がなかっただけやんけ!


おいおい。

これがオチかいっ!

もうええわ。