香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

誰もいない世界で…


ゲイリーが香港でワークショップを開くらしい。

いつかはわからないが、定期的に開くという。

3冊目のなかで、

中国でもあなたの本は売れてるそうね、と

パーサが冗談を言い(当時共産圏での発売は難しかった)

中国で僕の本なんか出せるもんか、

と答える場面があったが、ちゃんと出てるじゃん。



他者と会話しているのに、それがまるで、

自分自身と話しているように感じられる感覚は、

日増しに強くなりつつある。

〝自分しかいない〟というのはこういうことか、

と、深く腑に落ちはじめている。


全部複数のボディを使ったひとり芝居だ、

という事がわかってくると、他者に対する恐怖が薄れ、

結果、赦しやすくなったり、または真の意味で、

ちゃんと相手と対峙できるようになったりする。


そして、今日、こんな出来事があった。


僕は普段、広東語や北京語や英語を使いながら、

業務上のやり取りをするのだが、

突然、母国語である日本語に戻ったときに

言語がもつれ、うまく言葉が出てこないことがある。


今日も朝から広東語と北京語でやり取りをした後、

その内容を報告する為、本社の管理部長へ電話をした。


管理部長が発する言葉を、自分の言葉のように聞きつつ

ただそれを聖霊に明け渡しながら会話をつづけた。


だが、途中、

「ええ、それが返金されてくると…あのう…。」

と、僕が言語もつれを起こし始めると、突然、

「それってなに?」と横柄な口調で聞き返された。


これまでなら、出てくる〝カチン〟を、

聖霊に丸投げしていくのだが、今日はなぜか、

この人も自分なのだから、自分に教えてあげるように、

きちんと伝えてみようと思った。

相手が自分に見えているので、怖くはない。

(相手にもよるのだろうが…。)

電話を切る寸前に、僕は彼に言った。


「あのう。お願いがあります。

 普段、いくつかの言語を使って仕事をしているので、

 日本語になった時にうまく話せない時があります。

 そういう時に、それって何? 

 みたいな詰問口調の言い方をされると、

 気分が悪いし、傷つきます。

 普通にそれは何ですか、と聞いてもらえれば

 ありがたいです。」


そんな言い方をしていることに全然気づいてなかった、

と管理部長は言った。そして、

配慮が足らなかった、言ってくれてありがとう、

と告げられた。


電話を切った後に思ったのだが、

〝これは誤作動を起こしている自分だ。〟

と、自覚して相手に伝えるか、

〝あの人にやめてくれと注意しなければ〟

と、相手を分離した個と見て伝えるかで、

赦しの観点から、結果は大きく違ってくるのだと思う。


もし、管理部長が逆切れしていたら…?

それも赦して、聖霊に丸投げするだけだ。

昼からも数人で電話会議だったのだが、

ずっと、自分が自分にやり取りするのを認識しながら、

こんなひとり芝居、もううんざりだ、

神との分離は一度も生じていないのだから、

こんな〝アホ〟みたいなことをする必要などない、

と聖霊にただただ全部丸投げしていた。


なんか柔道の稽古か何かを終えたときのような気分。

そして、

今日電話会議に参加して、僕の相手をしてくれた、

ここ『短期集中強制帰還道場』(←会社のこと)

の人たちに向かって、押忍!(オッス)と、

帯を締め直しながら一礼する僕なのであった。