香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

無縁宇宙



昨日はホテルでYOUKUの動画を見て過ごした。

YOUKUとは中国版YOUTUBEのようなもので、

版権無視、人気歌手のコンサートから最新ドラマまで

全部見れる。それもCMなしで…。


数年前のNHKスペシャルが出ていたので見た。

『無縁社会 −新たなつながりを求めて−』

という番組で、地域、職場、家族、友人、病気、など、

つながりたくてもつながれない、孤独で寂しくて、

死んでしまいたい、という人たちを取材していた。

40代、50代の人たちが多く、殆どは失業が発端で、

それから、話す人がいなくなり、お金もなくなり、

引き籠るようになり、友人もいなくなり、という感じだ。


生身の人間で自分と接触してくれる人がいないため

自分の部屋を24時間ネットで実況配信して、

24時間誰かに見てもらうことで安心感を得る男性や、

電話の呼び出し音を聞くことで、つながりを感じる人、

職が決まらず、友人もなく、寂しくて死にたい女性、

居酒屋で、動画中継しながら、一人飲み会をする人、

都会の雑踏にいるのに1ヵ月誰とも話していない人、

など、次から次へとこれでもか、というくらい出てくる。

なんか、すっごい〝分離感〟満載な番組だった。


↑繋がっていたい。24時間自分の部屋を実況生中継!
ここに登場した人達はみな、

友人も家族もなく、孤独だ孤独だと言うけれど、

いざ社会と接点を持ったら持ったで、

今度は人間関係で苦しんだりする。

いずれにしても救われないのだ。


番組では、無縁社会の人たちを救済すべく

奮闘している様々なNPOの活動を紹介していたが、

〝大いなる存在から分離してしまった〟

という〝思い込み〟が僕たちの根底にある限り、

行きつく先は分離しかない。


まあ、僕も、今の仕事を辞めたら、

社会とのつながりはほとんどなくなるだろう。

実際にそうなってみないと何とも言えないのだが、

だからと言って、何かとつながりたいとは思わない。

死ぬのも怖くないし、肉体の他者も存在しない。

第一分離自体が起こってないという事を知っている。


そう言う意味で、この現実が0と1できた幻想だ、

と認識することは本当に大切だな、と、

この番組を見て、改めて感じた。

この世界が夢の妄映であることが入っていれば、

無縁社会にはなっても、

無縁実相(ハート)にはならない、ということだ。


ああ、はやく無縁宇宙になりたい!

と、この番組を見て思った僕であった。

今日は、KKB (コンババ管理部長の略)が、

先日香港で一緒にランチした、あの台湾人部長と、

契約更新について面談をすることになっていた。

彼女が香港勤務を希望していて、今回の面談で

交渉するつもりであることを知っていた僕は、

台湾人の就労ビザ取得が難しい事や、

家賃などの経費負担が大きくなるため、

即答を避けるよう、KKBに忠告するべきか迷った。

昔の自分だったら、すぐに言っていたが、今回は、

設定に関わらないほうがよい、と直感したのだ。

でも、話したい。

もし、彼女の香港勤務を受けたら、あとでいろいろ、

ややこしいことになるのは自分だ、という思いもある。

でも、現実は消えてゆくように消えてゆかせたい。

で、結局、言った。


珍しいな、と自分で思った。

近頃の自分は、現実には関わらなくなっているので、

こういうとき、いつもなら迷うということがない。

なのになぜか、すごく言いたい衝動に駆られたのだ。


それからしばらくKKBと話していたら、

本来はKKBが行くことになっていた、

今月末のフィリピン出張に行けなくなったので、

僕に行ってくれ、という話になってしまった。


そのとき即座に出てきたのが、

「台湾女性部長のことをチクったから、応報として、

 フィリピンへ行くはめになってしまったんだ。」

という思考の関連付けだった。


人の現実を変えようとしたから、自分の現実が、

別の出張行くバージョンの次元に移行した、

とエゴの自分が自動反応したのだ。


ほんま、エゴの反応ってどこまでやねん、と思う。

この反応を認識し、信じず、使わず、採用しない、

と、消えてゆく姿として、丁寧に明け渡す。


そんなこんなで、弁護士事務所で打ち合せを終え、

直通列車で香港へ。家に戻ったのが9時過ぎだった。

しかし、華やかな香港へ戻ってくると、

中国の街ってなんでこんなに暗く殺風景なのだろう、

といつも思う。

北京や上海など、どんなに賑やかな大都会でも、

どこか、うらぶれて見え、すさんだ感じがするのだ。


ああ、明日一日頑張れば、お休みだ。

こうして仕事ができ、外国で楽しく暮らしながら、

幻想を終わらせるための実践もできるのだから、

僕はやっぱり恵まれているのかもしれない。