香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

宇宙平和の祈り



1日1食は、僕の中ですでに習慣と化しつつあるが、

今日、珍しく、帰宅途中に、すごくお腹が空いた。

そのとき、ふと、空腹感って何だろう、

と疑問が湧いた。


お腹が空いた、と感じた途端、何か食べたい

と脳が反応し、食べ物の事ばかり考えるようになる。

その間、ほとんど〝空腹〟にはフォーカスしない。

空腹をしみじみ感じる間もなく何か腹に入れてる。


そこで、日頃、様々な投影に反応して感じている

〝びゅんびゅん〟を一旦認識して明け渡すときと同様、

この空腹感をじっと観察してみることにした。


胃がギュッと締め付けられるような、

下腹から何かがきりきりこみあげてくるような、

力が入らず、落ち着かないような、

なんとも形容しがたい感じが、きゅるきゅると来る。


なんで、この〝きゅるきゅる〟を感じた途端、

無性に食べ物を欲するのだろう?

まあ、生理的にそうなっているから、

と言われればそれまでなのだが、

ちゃんとその空腹感の中に入り込み、

感覚だけに集中して認識してみると、

「なんで、この感じが空腹でないといけないのか?」

と、不思議に思えてくるのだ。


これは、嫌なことがあった時に感じるびゅんびゅんと

全く同じ原理で、結局、感覚そのものに意味はなく、

それを〝空腹〟と認識するよう、

自分で感じ方を決めているに過ぎない。

腹空いた→夕食時だ→何か食べねば→何食べよう

と自動設定に従って感じているだけなのだ。


いくつにも意味づけされた感じ方を兄貴に明け渡し、

〝ハートの愛の振動〟ひとつに収斂させてゆく。


とはいっても、

空腹感まで明け渡す必要はないと思うが…。(笑)


この日は、サーモンの刺身と寿司セットを食べ、

実験は終了した。

最近、世界平和の祈りと、消えてゆく姿以外に、

赦しの場面でよく使っているのが〝神がいる〟だ。

〝God is!〟でも〝神がある〟でもなく〝神がいる〟。

〝God is!”だと英語だし、全然バコンとこない。

〝神がある〟だと、あるだけ、みたいでイマイチだ。

(まあ、あるだけ、なんだけど…。)


例えば、朝の通勤電車で、

「こんな満員電車に、ドでかいリュックを背負って

 乗ってんじゃねえよ!当たってるんだよ!」

「目の前にお年寄りが立ってんの見えねえのかよ!

 なにスマホいじりながら、座ってんだよ!」


あるいはスーパーのレジで、

「醤油一本買うのに、クレジットカードなんか

 使うなよ。みんな並んで待ってんだよ!」

「このレジ打ちの人、段取りわるっ!」


日テレのドラマ『偽装の夫婦』で、

天海祐希が心の中で発する、

ひとりツッコミのような赦しには、

この〝神がいるっ!〟の一喝が効く。


また、世界平和の祈りも、USK(宇宙人総経理の略)

の影響で、近頃では宇宙平和の祈りにまで、

アップグレードされつつある。

だって、五井先生、もうこの宇宙時代、

世界平和では少々手狭かと思われ…。(笑)


〝宇宙全員が平和でありますように…。〟

これまで、自分たちより進化していて、

上に見ていた宇宙人たちが、この祈りによって、

なんだか血の通った兄弟に思えてくる。


これでレプティリアンも、プレアデス星人も、

エササニ星人も、アンドロメダ何とかも、

全部まとめて引き受ける!


チーン…。