香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

うしろの正面について



ソファに被せている布がもうぼろぼろだから

新しいのを買っといてね、とチョイ姐から言われ、

今日、新しいのを買いに香港そごうへ行ってきた。


土曜日の百貨店は、

中国大陸から来た人たちでごった返していた。

どっちを向いても人、人、人、であふれ返り、

この迫力に比べれば、日本での中国人の爆買いなど、

まだ可愛いもんである。

PRADAの前にはものすごい行列ができてるし、

資生堂のカウンターでは殺気立った女性たちが、

押し合いへし合いしながら、

店員さんと大声でやり取りをしている。


フェラガモがセールをしていて、

その店がエスカレーターの真ん前にあるものだから、

エスカレーターに乗る人と行列とで、

現場はえらいことになっている。

やっと9階のシーツ売り場へたどりついた時には、

冬にもかかわらず汗だくになっていた。


大声、汗と熱気、ぎらぎらした目つき、気迫、

こうした中国の人たちが発散させるエネルギーに、

昔の自分はワクワクしながら、共に相まみえていた。

なのに、いまは、こういった風景にも、

どこか強化ガラスを隔てたような静寂を覚えるのだ。

帰りはバスで帰ってきた。

バスの中では、ずっと背後の指令室で佇んでいる

〝決断の主体がある位置〟に想いを馳せていた。

とその時、なぜか突然、

『かごめの唄』が脳裏に浮かんだ。


〝かごめ、かごめ、かごの中の鳥は、

 いついつ出やる、夜明けの晩に、

 鶴と亀がすべった、後ろの正面だあれ。〟


という、あのわらべ唄だ。


これはまさに意識の反転を唄った唄だ、と直感した。


まず〝かごめ〟は〝籠女〟、籠の中の女性性を表し、

〝かごの中〟というのはこの幻想の世界のことで、

〝鳥〟というのが自分自身を指している。そして、

〝夜明けの晩〟は前側(闇)と後ろ側(光)の世界、

〝鶴と亀〟は女性性と男性性、つまり二元性の象徴で、

〝すべった〟は〝統べった〟つまり統合という意味。

〝後ろの正面〟というのが反転のことを言っていて、

反転した結果、

一度目の後ろの正面で〝決断の主体〟に出会い、

二度目の後ろの正面で〝神〟に出会う。


〝籠女さん、籠女さん、幻想の中のあなたは、

 いつその幻想の籠の中から出てくるのですか。

 それは、前側と後ろ側の世界に気づいて、

 二元性を統合した時です。

 その瞬間に、あなたには反転が起こり、

 振り向いた真正面で、あなたは神に出会います。〟


とまあ、こんな感じか…。


この唄には諸説あり、真偽のほどは定かではないが、

僕がバスの中で感じたイメージはこれだった。

夜、チャーシュー豚肉定食の出前を取り、

フィギュアスケート男子フリーのクラウド録画

を見ながら食べた。羽生選手の得点が322点だって。

すごいなあ。

真央ちゃん、ちょっとザンネン!


僕らの意識のアセンションに伴い、

これからのスポーツって、

守って攻撃する、いわゆる〝闘い系〟から、

フィギュアのような〝魅せる系〟へと、

どんどん移行して行くのだろうな、と思う。


明日の日曜日は友達と台湾火鍋に行く予定。

あったまろう。