香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

やるせなさの正体



ここ数日、窓を開けて寝ると寒く感じるようになった。

そして今朝、出勤しようと外へ出て見ると、

ダウンジャケットやコートを着た人がたくさんいる。

ええっ、気温は18度なんですけど…。(笑)

それでいて、部屋の中ではクーラーをつけてるって、

いったいどういうこと?


日曜日に、近所に住む日本人の古い友人が

香港永住権を取得したと言うので、

お祝いに火鍋を食べに行った。

175香港ドル(2500円)で食べ放題、飲み放題だ。

2人で鍋を突つきながら、いろいろしゃべった。

彼はイギリス系の航空会社で、

カスタマーサービスの仕事をしている。

いわゆる日本人向けの苦情オペレーターだ。

現地採用なので、給料の半分以上が家賃に消える。

40歳で現地採用だと将来が不安だということで、

今回の永住権取得を機に、日本へ帰国するという。

それにしても、

永住する権利を手に入れた途端、帰国するって…。

いったいどういうこと?

明け渡したり、赦しをやり始めると、

理由のない恐怖が出てくる、という人は多い。

実は、僕もその一人である。

僕の場合は、恐怖とはまた少し違っていて、

バラエティー番組でのちょっとした〝イジリ〟や、

プロ意識バリバリで仕事をする人の厳しい口調、

フィギュアスケートの羽生選手なんかが放つ、

怖いほどの〝戦闘目つき〟を見ただけで、

形容しがたい〝やるせなさ〟に襲われるのだ。

(羽生選手の演技中の目、マジ怖いよ!)


天国との分離は起きていない、と分かってくるほど、

自分の役割を果たすために課す厳しさや厳格さ、

プロとしての真剣さ故に見せる他者への攻撃、

そういうのを目の当たりにすると、何ともやるせない、

憂鬱感にも似た感覚を覚えるようになった。


これまでも、体育会系クラブの上下関係や、

板前さんや大工さんなどに見られる師弟関係のような、

厳しく統制されることで団結するとか、

プロゆえの厳しさと愛情というものに違和感があった。

こんなことをしないと、何かが達成できないのか、

という…。

しかし、これからは、

究極のリラックスの方向から同じことをやったほうが、

もっと調和のとれた美しい結果を出せるような気がする。


だって、羽生選手だって、

今回はすごいすごいって称賛されているけど、

次失敗したら、手のひらを返したように扱われる。


こんなの、ウソだよ。

意味がない。

だからやるせなかったんだ。


しかし、

そういう〝やるせなさ〟を生み出しているのは

〝ここ〟ではなく、決断の主体の場所なので、

先ずはいったん、その場所まで戻り、

それを訂正されるべき誤りとして世界を見ながら、

聖霊へと大放出させてゆく。

そして、ハートそのままの愛を前方へと延長させる。


最近、

決断の主体って、人格的意志をもつ存在ではなく、

コンピューターのようにどこまでも無機質でドライな、

電気信号のような存在なのではないか、

と感じるようになった。


自我を選択するか、聖霊を選択するかも、

意志的な何かで行なっているのではなく、

あくまで決まったプログラム設定に従って、

これなら自我、これなら聖霊、と、

ピコピコピコピコ自動的に選んでいる。


だから、決断の主体には何もできなくて、

ただただ、それを見つめ、聖霊に全てを放り投げ、

バグを修正するように削除してもらうのだ。