↑この絵だと振り向く気も失せる?
佛山から香港へ戻る船の中で爆睡中に、
あるイメージが見えた。
小学生くらいの少年が地面に胡坐をかき、
プレステーションのようなゲーム機を手に、
ピコピコピコピコ、ゲームに没頭している。
心の隅では、
そろそろゲームを止めないとやばい、とも思っている。
晩ご飯の時間だし、風呂に入れと母親が言ってくる。
あんまり言うことを聞かないと怖い父親がやってきて、
ゲーム機を取り上げられるかもしれない。
いつまでやってるんだ、という父親の声や気配も、
背後にひしひしと感じている。
もし今、ゲーム機から顔を上げ、振り向いたりしたら、
仁王立ちになってこちらを睨んでいる父親に、
真正面から遭遇することになるだろう。
言うことも聞かず、ゲームばかりしている息子に、
罰を下そうと待ち構えている。
やばいっ!
しかし、ゲームに没頭している間だけは、
そんな父親の存在を忘れていることができる。
だから絶対に、画面から顔を上げてはいけないのだ。
後ろを振り向いてはいけない。
もし、少しでも我に返ることがあろうものなら、
恐怖でいてもたってもいられなくなる。
それで、ゲームのストーリーの中に深く深く入り込む。
しかし、ゲームを続けることに疲れてきた。
集中力は続かない。
ピコピコピコピコ、恐怖と防衛でへとへとだ。
自分はいったい何をやってるんだ!
自分の中の正気の部分がピクンと反応する。
恐る恐る、ゲーム機のボタンから指を離してみる。
だめだめだめだめ!すぐにまたボタンに手を掛ける。
だが、正気の部分がまた立ち現れ、優しく呼びかける。
もういいよ。帰ろうよ。お父さんが心配しているよ。
でもお父さんは怒っているんじゃ…?
いいや。お父さんは今でもお前のことを愛しているよ。
帰ろう、と決心し、
確固とした意志を以って、再度ボタンから手を離す。
画面はずっと主体無しの放置状態で動いている。
その間に正気の自分がプログラムにまで入り込み、
設定を次々と消去し始めた。
そして、ついには〝終了〟の表示が画面一杯に現れ、
はっと正気に返る。
振り向けば、父が優しく〝おかえり〟と言った。
目を覚ますと、すでに船は香港に到着していた。
殆どの乗客が下船していて、僕も慌てて船を降りたが、
さっき見たイメージが強烈すぎ、
しばらくは夢の中をさまよっているような感覚だった。
この話の中で、
正気の部分の自分が語り掛けてくるところまでは、
実際にイメージ(夢ではない)として見ているのだが、
帰ろうと決心してからの部分は、のちに僕が追記した。
よし、店じまいだ、とタクシーの中でつぶやいた。
運転手がバックミラー越しにチラとこちらを見た。
「新トンネルと旧トンネル、どちらを通りますか。」
運転手が聞いてきた。
「どちらでも。お任せします。」
と僕は運転手に告げた。