香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

慣れの問題


↑今日はホテル裏の客家料理の店でひとりの夕食
隣のテーブルの3人、一緒に食事しているのに、
スマホに夢中で一言も会話せず。

ここのところ、毎週、一泊で佛山工場へ出張している。

あの新人総経理と大魔神副総経理が同時に辞職し、

仕方なく今は宇宙人総経理が兼務しているのだが、

新たなプロジェクトにてんてこ舞いとなってしまい、

承認サインにまで手が回らないため、

僕が毎週お手伝いに行っているのだ。


今日は、新しく入った女性の人事課長とふぁちゃん、

社会保険の計算をしている会計事務所の人と僕で、

給与計算引き継ぎの会議をした。

前任の人事部長が辞めてからは、

ふぁちゃんが給与計算をしていたのだが、

今回新しく課長が入ったので来月から給与計算を

彼女に任せることとなったのだ。


しかし、ふぁちゃんとこの人事課長、微妙に合わない。

「ただ資料だけ渡されても分からないわ。」と課長。

「見てわからなかったら聞きに来てよ。」とふぁちゃん。

「保険計算も間違えているし、計算をし直してから、

正確な数字で引き継ぎをしてもらいたいわ。」と課長。

「これはもともと私の仕事じゃありませんから。

それに、前の人事部長のやり方通りにやっているだけ

なんですからね。」


とまあ、女の子同士の微妙なやり取りが続く中、

どうしたものか、と思った僕は、

まず、強烈に今に開いていることにした。

ただ、今この時点に在り、強烈に聖霊に開く。


このとき、眼前にふたつの分かれ道が見えた。

右の道が、事を何とかスムーズに処理できるよう、

上司の僕が権限を使ってこうこうこうしよう、

と采配を振るうという、まあ、普通のやり方。

左の道は、もう降参します、なにもしません、

兄貴に任せます、と言って委ねるやり方。


多分、右の道を選択したほうが、楽は楽なのだろう。

長年の経験で、この場にどう対処すればいいか、

自分はよく解かっているし、皆もそれを期待している。

しかーし!

右の道を選べば、今回は丸く収まるかもしれないが、

削除は起こらないので、またいつか、

同じ設定の別バージョンがやってくる。


じゃあ、左の道となった場合、

能力のない奴と思われはしないか、という無価値感、

もっとひどい状況になるのではないか、という恐怖、

自分の存在意義がなくなる、という敗北感、など、

さまざまな不安や恐怖がでてきた。


結局、それでも兄貴に委ねることにした。

徹底的に今にいながら、背後の兄貴に委ねて、

自分の心の中の〝びゅんびゅん〟だけを観察した。

兄貴に委ねることでこの状況をよくしたい、という、

スケベ心さえも、コーサン状態で放出する。

仕事であれ、プライベートであれ、やり方は全く同じだ。

ただ委ね、そして、なにか言いたくなったら、

その場その場で言いたいことを言う。

そうこうするうち、会計事務所の女性が仕切りはじめ、

保険料計算の仕方と、以前の計算間違いの部分を

どう訂正するかを説明しだした。


余りに心の中の放出に集中しすぎていて、

何がどうなったのかよく覚えていないのだが、

気がつけば、ふぁちゃんとその人事課長が、

自分たちで役割分担を始め、

しばらくして普通に引き継ぎは終わっていた。


赦せば、どんなことでも知らないうちにうまく行く、

ということが言いたいのではない。

結果に関係なく、

何かの対処すべき厄介な物事に遭遇したとき、

目の前には常に二つの選択の道が現われている

ということだ。


道を歩いている時も、会議の時も、通勤の時も、

計算している時も、喋っている時も、怒ってるときも、

どちらを選ぼうとしているかを観察する。

僕の場合、それに気づく場が今に在ることなのだが、

最初はきついけれど、それでも〝きいぃーっ〟

となりながら続けていると、だんだん慣れてきて、

仕事中でも案外できるようになる。


大昔に関野あやこさんという人が言っていたけど、

右利きの人が左手で箸をもってご飯を食べるには、

練習が必要だということ。


こんなとき、

エゴを選んでいるのも単なる習慣なのかも、

と思ったりする。