テレビ東京の番組で『家、ついて行っていいですか?』
という番組がある。これは終電を逃した人に、
タクシー代を払うので、家について行っていいですか、
と声を掛け、実際について行く番組である。
その他、一人カラオケボックスバージョンや、
田舎の移動販売車に買い物にやってきた
お年寄りの家についていく、というのもある。
そして今回は、記憶喪失の彼と同棲している
女性の家について行った、というのを見た。
事務員のくみこさん(28歳)は、声優を目指す彼氏の
よしのりさん(28歳)と同棲して4年になる。
実は彼氏のよしのりさんは、6年前のある日、
一度くみこさんに告白し、あっさり振られるが、
その後猛アタックの末、付き合うことになり、
プロポーズも済ませ、結婚間近となったある日、
彼は階段から足を踏み外し、脳震盪を起こして
病院に救急搬送されてしまう。
そして、再び病院のベッドで目覚めたときには、
過去2年強の間の記憶を全部失っていたのだった。
よしのりさんがベッドで目覚め、
看病をしている婚約者のくみこさんを見たとき、
なんで自分を振ったはずの彼女がここにいるのだろう、
と思ったと言う。
彼にしてみれば、
久美子さんに振られた直後からの記憶が、
全部なくなっているため、彼女と付き合っていた
2年強という時間の感覚が全くなく、
彼女に振られて失意のどん底にいたときから
まだ一夜しかたっていないと感じているのだった。
つまり、2010年から事故のあった2012年までの
2年間の記憶がまったくない、ということになる。
彼曰く、
「スマホが何かわからない。東北の大震災を知らない。
お笑いのスギちゃんも知らなかった。」
「告白して、振られて、1週間しかたっていないのに、
なぜか病院で目が覚めて、親と婚約者が来てるよ、
と言われて、誰だお前は、って…。
入ってきた人を見たら、ああ、この人知ってる、
1週間前に振られたな、おれ、と…。」
「記憶喪失ですよと言われて混乱はしましたけれど、
いくら記憶がないと言われても、
その記憶が無い、という感覚すらないので、
失くしたものがなんなのかも、何を思い出すのかも、
明確には分からないので…。」
この何年もの間に、わたしたちの間には、
こんなことや、あんなことがあってね、
と、いくら彼女から説明されても、本人にしてみれば、
本当に時間の経過の感覚がないのでピンとこないのだ。
彼が体験した事を、仮に僕のことに置き換えてみれば、
昨日まで大学生で、将来は有名な作家を目指して、
ラブラブの彼女と楽しく過しながら
バブル時代を謳歌していたのに、
今朝目覚めたら、50近くのおっさんになっていて、
しかも独身で香港に住んでいる、ということになる。
これってどこか、赦しによって、聖霊兄貴の削除が、
完結したときの状態に似ているような気がする。
天国で目覚めたとき、僕たちにしてみれば、
この幻想世界で体験した何億年にも及ぶ体験は、
全てなかったこととなり(実際に無いのだが)、
神の国以外の体験など一度もしたことがなかった、
というふうに知覚されるのだろう。
遅い早いの違いはあれ、最後は必ず、全ての人が
父が待つ天国(肉体が死んだ時に行く天国ではない)
へと、永遠に帰還する。
こう思うと、すでに取り消されている世界で、
いったい、自分は今、何をしてるのだろう、
と、とても救われた気持ちになる。
要は、
〝あなたという記憶を、いま、この瞬間に、
完全に消去してもよろしいですか。〟
という表示が出たとき、何のためらいもなく、
〝はい〟のアイコンをクリックできるかどうか、
にかかっている。