香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

大気圏を抜けろ!


↑パフェの後ろに父の姿が…。
毎回、日本へ帰国したときに楽しみにしているのが、

ミニストップのマンゴーパフェを食べることであるが、

今回はマンゴーではなく、冷凍ミカンになっていた。

まあ、冷凍ミカンもそれなりに美味いのだが、やはり、

マンゴーパフェと比べたらちょっと(だいぶ)品下る。

マンゴーと冷凍ミカン。

バリバリ差を見てる僕…。


そして、いま、黙々と赦し続けているのは、

どんなに、理不尽な扱いを受け、

紛れもない被害者だと見えるような人でも、

必ず同時に加害者もやっている、という事実である。


↑カワイすぎる吉祥寺の消火栓マンホール

もともとは、ひとつの決断の主体が分離して、

僕たちはこの幻想世界に肉体として存在しているので、

それぞれに分離した、固有の役割分担がある。


ある兄弟の場合は、神を失った欠乏感から来る、

〝金欠〟という問題として体験していたり、

またある兄弟は、神から攻撃されるという思い込み

から来る恐怖を〝いじめ〟として投影していたりする。


そして、ある兄弟は言う。

「あなたは俺じゃないから、立場が違うから、

 こうすればいい、ああすればいい、と、

 安易に言えるんだよ。」

「明日のことを何とかしなくちゃならない人の赦しは、

 余裕のある人が行なう赦しと同じじゃない。」

「もし香港さんが自分と同じ境遇だったら、

 安易に世界はない、幻想だ、なんて言えないはず。」


あまりに現実との葛藤が大きすぎ、

その中にどっぷり入り込んでしまっている場合、

聖霊兄貴に降参状態で委ね切る、という言葉も、

どこか空々しく聞こえ、怒りさえ覚えるようだ。


それでも見る。

自分の中に沸々とたぎる怒り。

自分に欠乏感を与え続ける兄弟たちへの殺意。

原因は映し出している外側ではなく、内側にあるので、

心の中を直視しない限り、苦しみは延々続く。


例えば、

兄弟Aに支払われるべき対価(給料など)を

兄弟Bは全く支払わず、自分の利己的な用途に使い、

平気でいたとする。

たとえ千円でもいい。支払って誠意を見せてほしい。

兄弟Aは懇願するが、兄弟Bは〝無い〟の一点張りだ。

当然兄弟Aは兄弟Bに対し、ものすごい怒りを覚える。

また、他の誰が聞いても、兄弟Bが悪いと思うだろう。


しかし、果たして、本当に、本当に、そうだろうか。

兄弟Aは、これと全く同じ行為を、

他の兄弟にやっていないだろうか。


兄弟Aに1万円の臨時収入が入ったとき、

たとえその中から、ほんの100円でも、

今、自分が借りを作っている兄弟に誠意を見せる為に、

実際にその100円を返したことはあっただろうか。


100円という金額は、とてつもない小額だし、

相手もいまのところ何も言ってこない。

それなら、とりあえずは生活費に使おう。

それになにより、

自分にはいま、どうしても読みたい本がある。

誰に借金してでも参加したいセミナーがある。


何のことはない。

自分がやっていることと全く同じことを、

いま、別の兄弟からされているだけのことなのだ。

与えたものを受け取っている。プラマイゼロである。


↑ちょっとキッチュな実家の前の消火栓マンホール

先ずは、自分が何をやっているかをちゃんと認識する。

そして、投影のもととなっている心の中の欠乏感を

じっと観察する。

それを消えてゆく姿としてしっかり見つめ、

分離は起きてなかった、誰にも罪はない、と、

相手を赦し、自分を赦して、兄貴に明け渡してゆく。


無意識に隠蔽してきたことを浮き上がらせるだけだ。

お金はかからない。やっても損失はない。

問題はやっても無駄だ、という隠れた信念の方だ。

無意識は意識に出会うと消滅する。


そして、最後には世界はおこってもなく、

自分は何もする必要がなく、誰も何もしていなかった。

辿り着こうとしていた世界はここだった事を悟るのだ。


今回は、取りとめのない話になってしまった。

宇宙船も、引力に逆らって大気圏を抜けるまでは、

ものすごい動力と燃料を必要とするように、

赦しの実践も〝きいいぃーっ〟と歯を食いしばり、

ほふく前進でこらえながら進む時期を必ず通過する。


大気圏の外へ出るのはもうすぐだ。