香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

世界に委ねる


↑今回の出張はオールド上海にどっぷり浸った

前回の記事で書いたように、

聖霊に委ね切って生活する〝コツ〟

みたいなものが掴めて以降、あらゆる物事が、

ピタッ、ピタッと、パズルのピースのように

嵌まってゆくようになってきた。


↑この辺りは旧フランス租界エリアなのだという

例えば、上海出張の宿泊先として、

何にも考えずに予約した浦江飯店だが、

翌朝一番でアポが入っている弁護士事務所までは、

かなりの距離があり、渋滞する時間を入れると、

8時にはホテルを出ねばならない。

しかし、今日、上海事務所とのやり取りの中で、

その弁護士事務所が先月移転していたことを知った。

新住所を調べてみると、ホテルのすぐ近くだった。


↑煉瓦の壁の両側が客室の扉になっている。

また、小説のプロットを考えているとき、

どんな形式で、また、どんなトーンや文体で書くか

を悩んでいたら、テレビやネットでやたら佐藤泰志

という純文学作家の名前を目にするようになった。


70年代の作家で、芥川賞候補に3度なるも落選し、

三島由紀夫賞候補にもなるが落選、

それを苦に最後は41歳で自殺をしてしまう。

とても不遇な作家だと紹介されているが、

僕にしてみたら、芥川賞の候補に3回もなったら、

もうそれだけで人生大成功、だよう。


ほとんど無名で地味な作家であるにもかかわらず、

ある監督が彼の本を映画化する話をテレビで見たり、

アマゾンのおすすめ欄に出てきたりと、

やたら、佐藤泰志が前面にプッシュされてくる。

それでアマゾンで注文して読んでみたら、

僕の求めていた世界がぴったり表現されていた。

このほかにも、小さなシンクロは何度も続いていて、

まあ、こういうシンクロが起きるからヤッホーイ、

ではないのだが、

ああ、この感じが聖霊に繋がってるということなんだ、

と体感として解かったのが何よりうれしい。


これまでは、罪悪感が上がってきて聖霊を選んでも、

またすぐに〝妄想祭り〟が始まり、それをまた赦す、

みたいなことをやっていたのだが、

兄弟を見て感じる罪悪感を聖霊に委ねるのではなく、

今、ここに現れて、

何やかやしている兄弟を聖霊として全面的に委ねる、

というスタンスになってくると、

不思議にそういう妄想も起きなくなってきた。

例えば、

会議の席でいま誰かが誰かを攻撃しているとする。

これまでは、そこから出てくる自分のびゅんびゅんを

神から離れたというたったひとつの勘違いへと戻し、

そこから罪悪感を聖霊に明け渡していたのだが、

今は、攻撃しているように見える相手に委ね切る。

相手が何を言っていようが、何をしていようが、

その奥の奥のさらに奥にある静かなものに委ね切る。

感謝だ、神の子だ、赦しだ、と、

自分でああだこうだ思わない。

兄弟が、物や事柄が、自分が、感謝、神の子、赦し、

そのものになっている。

今、上海に来ているのだが、

その前日は、佛山日帰り弾丸出張に行っていた。

広州交易会が始まっているらしく、

朝からフェリーの中は満員状態だった。

港に近づき、フェリーが速度を落としたとき、

「一番最後にゆっくり降りればいいや。」

と思っていたが、突然、ゴーッ、と、

頭の中で号令が響いた。

いま、扉付近まで行き、そこで待て、と入ってくる。

でも、まあ最後でもいいか、と無視して座っていた。

最後に船を降り、イミグレのホールへ向かえば、

カウンターの前に、ものすごい行列ができていた。

それに、今日に限ってアラブ人が多く、

出国検査官たちは、パスポートチェックに

ものすごく時間をかけている。

いつもは5分くらいで外へ出れるのに、

今日は30分以上も並ばされる羽目になった。

「ああ、あのときの声に従っていれば…。」

と、列に並びながら、落胆する。

が、物事をうまくいかせることが目的なのではなく、

これは単なる聖霊兄貴へ繋がるための訓練なのだ、

と理解が起こった。

例えば、

パソコンに向かって財務資料を作っているとする。

キーボード、並んでいる数字、勘定科目、

文字のひとつひとつに委ね切る。


ここで肝心なのは、

兄弟やパソコンを聖霊として観るのではなく、

兄弟やパソコンを受け入れるのでもなく、

兄弟やパソコンに愛を観じるのでもないということだ。

そんな思いも持つことなく兄弟やパソコンに任せ切る。


だから、兄弟が僕に何をしてこようが構わない。

幻想の中で、

聖霊の訂正をすでに受け入れている神の子の自分は、

ただ笑いながら、幻想の中をたゆたっている。

(↑きゃあー、純文学ぅーっ!)