香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

大気圏を脱出せよ!



ひゃっほーい!

3月の終わりから始まる清明節の6連休を利用し、

またまた日本へ帰国することになったのだ。

今回は、鹿児島に2泊してから大阪の実家に戻る。

「サクラだ!サクラだ!桜が見れるぞー!」と、

テンションマックスの僕。


鹿児島では、九州の才女K女史たちと、

桜の下で、薩摩焼酎を飲みながら、

優雅に語り合うことになっている。(←妄想)

そして、大阪ではまた父のお相手…と…。

日本の春をとことん満喫するのだ!

でも、花粉症には気を付けるのだ!


というわけで、先日の記事で、

聖霊に同調し、聖霊の導きに従ってゆけば、

何を言い、何をやるべきかを聖霊が教えてくれる、

時空で必要なものは全て聖霊が整えてくれる、

みたいなことを書いたとのだが、じゃあ実際、

聖霊の導きや声を聞くとはどういうことなのか、

と、ある読者の方から質問をいただいた。


これもやはり人それぞれだと思うのだが、僕の場合、

どこか別の場所にいる聖霊から、ぴぴぴ、と、

聖霊の意思が、言葉や直感として入ってきて、

個の自分がそれを受け取る、というものではない。

最初の頃はそんな感じだったが、今はちょっと違う。


簡単に言えば、

絶え間なく頭の中に〝ふっ〟と上がり続けてくる

エゴ的な思考の流れが、ごっそりそのまま、

聖霊の〝ふっ〟に入れ替わり、

聖霊の〝思考〟が流れているという感じである。


例えば、

「今日はちょっとあそこでランチをしようかな。」とか、

「来月の連休は、ここへ行って、あれやって…。」とか、

「昔、あんなことあったなあ。大変だったなあ。」と、

何の前触れもなく湧き上がってくる思考自体が

聖霊からのものになっている。


なので、僕の場合、

「個の自分としては嫌なんだけど、

 どうしてもこれをしろって聖霊が言うのよねえ。」

みたいなヤラされ感や、

「聖霊の導きに従ったら、うまくいって感謝…!」

と、聖霊が別人格で存在しているような感覚はない。


なので、僕の聖霊への信頼と言うのは、

止めどなく湧き上がるエゴの思考に従って、

無意識に行動していた時と同じように、

普段の生活の中で普通に出てくる想いや行動が、

聖霊のモノとなっていることを〝信頼する〟。

肝心なのは、信頼していることだ。


要するに、

たとえ、その時にとる表面的な行動が、

どんなに怒りに満ちていたり、

利己的であったとしても、そのまま放っておく。

ただ、兄貴に心を開いて受け取ってもらう。


兄貴を選んでいるのに、感謝を選んでいるのに、

まだこんなにエゴエゴな〝ふっ〟が上がってくる、

なんて思わなくていい。

少しすれば、次第に平安の〝ふっ〟に取って代わる。


とは言っても、僕もまだまだ修行の身なので、

四六時中兄貴への信頼感で過ごせるわけではない。

エゴの設定を放出しては、聖霊を取り戻し、

を繰り返しながら、といったところか…。


コースのワークブックは、

『見えているものには何の意味もない。』

というレッスンから始まっているが、

ここをクリアすれば、あとは聖霊兄貴が、

自動的にバタバタと導いてくれるような気がする。


なので、聖霊が導いてくれるとはいえ、僕たちも、

ここ一番踏ん張りどころ、という時期を必ず通過する。


宇宙ロケットだって、大気圏を脱出するまでは、

ものすごいエネルギーが必要だが、

いったん宇宙に出てしまえば、あとは重力を利用して、

勝手にどんどん加速してゆく。


僕たちもいつかはこの夢の宇宙から脱出するのだ。