↑アレクサンダー・マルシャーン著:
『この宇宙は夢なんだ』より
来世は自分がいま憎んでいるものに転生する…。
目標に向かって努力し、さまざまな困難を乗り越え、
人生の幸せつかんで、はい終わり。
また生まれ変わって、必死で頑張り、はい終わり。
またまたここへやってきて、
前世で自分が憎んでいた人の人生を、
今度は自分がやって、はい終わり。
こんどこそ、ということで、オリンピックで金を獲り、
有名歌手や俳優になり、幸せな結婚をしたけど、
やっぱり最後は、はい終わり。
舞い戻ってリベンジ挑戦したい、というわけで、
子供の為、孫の為、家族の為、と、
いろいろやったが、最終的には、はい終わり。
そうして、以前にやったことを全部忘れて、
訳も分からずやり直し。
でも、結局最後は、はい終わり、と…。
自分って一体、何なんだろう。
何かのゴールを目指してはいるが、
どこへもたどり着けないし、絶対にアガれない。
スピでよく言われる、
〝前世の記憶を想い出せなくても大丈夫、
意識の中に全ての記憶が記録されているから…。〟
という言葉も、よく考えてみればヘンだ。
そんなこと言ったって、
いま、自分は何も覚えてないし…。
やっぱりこの世界、なんかおかしい。
いや、こんなの、絶対ヘンだ。
今まで気づかなかったこと自体正気の沙汰ではない。
僕たちは、何度もリセットされては立ち上がる、
ゲームの中に出てくる架空の登場人物なのか?
ノーッ!
僕たちは、はなから、ここの住人などではない。
それは、
地球にいようが、エササニにいようが、同じだ。
だから、夢は夢として、幻想は幻想として、
ちゃんと夢の外から認知してゆくことで、
僕たちは狂った夢の世界を永遠に後にするのだ。
そして、最後には、
〝自分はずっと天国にいた〟と気づくのだ。
だから、兄弟たち!
この幻想の世界で、
どんな問題や辛い事に直面しても、
絶対に負けてはいけないよ!
僕たち兄弟が付いているし、聖霊兄貴も付いている。
そして、僕たちは、肉体として会ったことが無くても、
チームとしてつながっている。
夢遊病者の如き夢の住人が何を仕掛けてこようとも、
それは夢の出来事であり、本当ではない。
なので、そんなときは、
目醒めのチームは決して一人ではない、
ということを思い出すのだ。
僕たちは、いま、夢を見ている。