香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

ある一冊


↑ 香港の自宅付近で発見された〝迷える子羊〟
その本を手に取ったとき、しまった、と思った。

なぜなら、この作者の状態が、

今後、ごく近い未来の自分の姿だと直感したからだ。


ここのところ、

聖霊兄貴にすべてを委ねて暮らすようになって以降、

「まだ、そこまではいいよ。」と思っていた段階が、

ぐんぐん迫ってくる予兆はしていたのだ。


しかし、そんな自分の意志とは関係なく、

自分がこれまで安定して居心地がよいと感じていた

外的環境が日ごとに変化し、崩壊してゆくのだ。

それでも、まだなんとか行けるかな、

と思ってた矢先に出会ったのがこの本、

富平正文著:『幻想からの解放』であった。

仕事、家庭、人間関係、経済状況、内的常識、など、

僕たち人間は、常に特定の環境に留まり、

同じ状況を維持するよう、自動設定されている。

例えば、現在、金が無くてピーピー言っていても、

見慣れぬお金持ちの世界へ移行してしまうより、

このままボンビーでいた方がマシだ、と、心は考える。

なぜなら、それが良いことであれ、悪いことであれ、

慣れ親しんだ環境から離れようとするときには、

ある種の後ろめたさや罪悪感を感じるよう、

エゴによって構造的にプログラムされているからだ。

世界を赦すこと、聖霊に全てを委ねること、

そして、与えることに何のためらいもなくなった今、

また、世界は幻想であり、故に誰の中にも罪はなく、

内なる平安と神の国こそが帰るべき場所だ、と、

はっきりと自覚してしまった今、

この外的世界(自分の心の投影)で行なっている

活動の全てがエゴだと完全に見えてしまった。

なのでもし、故郷へ帰ると選択したのであれば、

どこかの時点で必ず、

このカタチの世界で良しとしてやってきた活動と、

決別しなければならない時がやって来る。

そして、今の僕はまさしく、その分岐点にいる。


このまま行けば僕は、ごくごく近い将来、着実に、

会社で働いたり、筋トレをしたり、小説を書いたり、

どこかへ行って何かをしたりすることに、

自然と興味を失ってゆくだろう。

もちろん、

赦しが進めば、誰の中にも罪を見れなくなるので、

何をやっていても楽しいし、

仕事や創作や普段の日常生活も、

幸せな夢に塗り替えられてゆく。

これまでは、これが最終段階なんだと考えていた。

しかし、兄貴は次の段階へと僕を促している。


それでも、いまのところはまだ、上記に述べた様な、

エゴによる安定維持装置は機能しており、

まだしばらくは楽しく仕事や創作を続けて行けるな、

と考えていたら、この本を読まされたわけである。

里帰りの間、僕は駅前ビルの中にあるゴールドジムで

筋トレをしていたのだが、そのジムへ行くには、なぜか

TSUTAYA書店の中を突っ切って行く必要がある。

その途中に、小さいが、精神世界関連の書棚があり、

ふと、そこを覗いた時、この本が目に留まった。

最初、少し立ち読みをしてすぐに、

これはヤバいと思い、ソッコーで書籍を棚に返した。

それでも、兄貴はこの本を買って読めという。

結局、3回目くらいに、その本を買った。


内容は、

終始エゴのカラクリについて語ったものだったが、

この作者の状態はまさしく、

僕のごく近い将来の姿を予想させるものだった。

この世界とは比べようもない世界が、

手を広げて待っているのは重々分かっている。

でも、読めば読むほど、ワクワクしながらも、

何とも言えない寂寞を感じてしまうのだ。

本というのは一般的に、

起、承、転、結(ツカミ、ボケ、ツッコミ、オチ)

によって書かれ、奇跡講座でさえ例外ではない。

しかし、この本には「結」の部分、つまりオチがない。

具体的にどうすればよいのかが書かれていないため、

読者に最終的な救いが与えられないのだ。

なので、殆どの読者はこの本を評価しないだろう。

それに、罪悪感を赦すことや、実相について、また、

聖霊による取り消しの部分が欠落しているので、

読者にとっては、一体どうすりゃいいんだよ、

となってしまうのだ。


が、この本は、そういう、

〝途上の人〟のために書かれたものではなく、

どうすればよいか、なんてすでに了承済みで、

最後に背中をポンと押されるだけの人のための、

何というか、最終段階の人が読む本なのだと感じた。

そうは言っても、実際そこまでの人は少なく、

その証拠に、2014年の初版のまま、増刷もない。

ま、よく考えてみれば、2014年初版の本が、

なぜ増刷もされぬまま、いまだ書店に並んでいるのか

不思議と言えば不思議ではある。


まだ、読了はしていないが、

確実に背中を押されてしまった一冊であった。

ぜひ、一読をおすすめ、しない。