香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

カラクリを外す


↑香港航空の機外カメラは上部についているので、
 自分も空を飛んでいるような気分になれ、
 見ていて飽きない。


今週から会計監査が始まった。

毎年、税務申告の時期になると、一週間ほど、

会計事務所の監査人がオフィスに来て、

全ての記帳ファイルのレビューを行なう。

去年まではケリーが対応していたが、ご存じのように

今年は、僕が直接対応しなければならない。

処理事項満載で、目が回るほど忙しいのだが、

夢のストーリーを夢と観て放棄しながら、

聖なる流れに任せて過ごしていると、

それなりに事は運んでゆく。


兄弟てっちゃんとの話の中でも出てきたのだが、

奇跡講座を実践してゆくうえで、

僕の唯一にして最大の強みを挙げるならば、

直感的によいと思ったことは、何も考えず、

即座に、継続的に、徹底してやれる、という点にある。


例えば、このサプリメントがいいよ、と、

トレーナー(専門家)に勧められれば、即座に試し、

たとえすぐに効果が得られなかったとしても、

ある一定の期間は必ず継続して飲み続ける。

どうしてこのサプリがよいのか、

どういうカラクリで効くのかはフワッとしか考えない。

直感的に信頼した専門家が飲めというから飲む。

それで、本当に効果が表れたとき、初めて、

「ああ、こういう事だったのかあ。」と、

頭ではない理解が起きる。


それで失敗して、騙されたって構わない.

たとえ、これだと信じて、ガンガン突き進んだ結果、

変な新興宗教に洗脳されて無一文になったとしても、

それも夢の物語であり、必ずいつかは修正される。

「お前は独身で、本当にそうなったことがないから、

そんな呑気なことが言えるんだ。俺には家族があり、

そう簡単に騙されるわけにはいかんのだ!」

と言われるなら、それはそれでオーケーである。


そういう意味で、

四の五の言わずにやってみた過程で理解が起こる、

という僕の性格は、まさに奇跡講座向きだと言える。

いわゆる、

ハチミツ舐め舐め状態になり易い性格なのだ。


だが、男の脳はどうしても理解を求めてしまう。

こういう結果が出るには、何かカラクリがあるはずだ、

と考えてしまうのだ。

そのカラクリを納得しないうちは行動に移せない。

しかし〝カラクリ〟自体が幻想で、存在しないため、

いくら頭で咀嚼しようとしても、理解が追いつかない。

また、

ちゃんと腑に落ちてからやりたい、という名目のもと、

その裏で、故郷へ帰る旅支度を遅らせようと、

エゴによる無意識の作用が働いていたりする。


↑ 上海の夕暮れ

リトリート、サットサン、座禅、瞑想会、シェア会、

ワークショップ、セミナー、勉強会、コミュニティ、

などに、次々と参加し続ける段階がある。


例えば、

「デイビッドのコミュニティに参加したけど、

 実際には、色々あって、そうでもなかったよ。」
 
「悟ったと言われている人が書いた本を読んだけど、

 いろいろ検索して見たら、案外、普通の人だった。」

「あの勉強会に行ったらこんなこと言われた。」

など…、

期待→行ってみる→否定的出来事→違った→次

というループを、何度も繰り返す。

そんなとき、その行動の裏側で、

〝期待を裏切られたことで安心している自分〟

が、ぐるぐるぐるぐる反射的に回っていないか、

また、無意識のうちに、リトリートやセミナーさえもを、

神に向かわぬようにするツールにしていないかを、

一度、しっかり見つめてみる必要があると思うのだ。

そうすることで、

もっと時間が短縮できると思うから…。


決して、

スピの集まりに参加するのを批判したいのではない。


僕はもう〝スピ会〟には参加しなくなったが、

僕だって、ハレルヤ師匠の勉強会に参加したから、

ここまで来れたのだし、ヴィ瞑想がきっかけとなり、

結果的に聖霊兄貴の声を聴くようになった。

ただ、僕の場合、実際に参加してみて、

〝これは違う〟とがっかりさせられた経験がない。

必ず、何かしらの〝心的変容〟が起こる。


まあこれも、

素直に、徹底的に、ガンガン委ねてやる、

という僕の性格に起因しているのかもしれない。


というわけで、またまた、明日から4連休。

今回はお釈迦様の誕生日である。

今夜はスーパーに寄ってお籠りの買い出しをせねば。


お釈迦様、生まれてくれてありがとう!

おかげで僕は、4日もお籠りができます。