香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

とどまりたい想い


↑ジムがリニューアルオープンした。
 マシンも多く、天井も高い。
 ここで聖霊一体瞑想を30分行なった。
 

今日の香港は端午の節句で祭日だったので、

昼前に起きて日本のテレビを見てみると、なんと、

僕の実家のある高槻市で地震があったとのこと。

それでも、まあ、大したことはないだろう、と、

何気なく実家に電話をしてみると、

戸棚や引き出しの中のものが全部飛び出し、

皿や物が床に散乱しているとか…。

家の外壁にもひびが入り、ガスも止まっているという。

妹は、もうすぐ水道が止まるらしいので、

風呂に水をため、今のうちにご飯を炊くという。

昨日買い物をしていなかった母親は、

食べるものがないと嘆いていた。


災害とは全く無縁な地域だったのでびっくりした。

僕の家族は無事だったが、亡くなられた方もおられ、

何よりも、謹んでご冥福をお祈りいたします。


↑水色のタンクトップの人が、
 体脂肪率7%の僕のトレーナー。

というわけで、このままのストーリー展開で行けば、

秋くらいには、東京へ移住する予定の僕であるが、

新生活への新たな出会いにワクワクする反面、

長年、慣れ親しんだ香港での生活を手放す不安や、

寂しさも自然とこみ上げてくる。


まあ、今回は、僕を日本へ返そう、返そうとする、

あまりにもワザとらしい展開に、一切抵抗を止め、

YES!と聖霊兄貴のコーディネートに従ってきた。

それでも、時折、長年付き合ってきた友人、

住み慣れた家、生活パターン、とお別れすることに、

いくばくかの寂寥感や切なさを感じてしまう。


24年も香港に暮らし、十分やることはやったし、

そろそろ、自分の国へ帰ってもいいと思っており、

特別、どうしても香港に残りたいという理由もない。

実際、年齢を重ねるにつれ、やはり祖国に帰って、

穏やかに暮らしたい、という想いは強くなっていた。

それに、今感じているこの〝名残惜しさ〟も、

一時的なものにすぎず、旅立つときには、

必ず出てくる感情だということも、

長年の人生経験で重々承知している。

また、未知の生活に対する不安が、

大きく影響していることも知っている。

たとえ、それが自分にとって、

良いものであれ、悪いものであれ、

これまで継続してきたものが終わろうとするとき、

わわーと湧き上がってくる、

このままそこに〝とどまりたい〟という想い。


そして、この、慣れ親しんだ場所に〝とどまりたい〟

という想いこそが、僕達の故郷への帰還を阻んでいる

ことに気づいた。


もうこの夢の世界を終わらせ、

父が待つ故郷へ永遠に帰還したい、と思いながらも、

なぜ僕達は、再び何度もここへ戻ってきてしまうのか。

神からの最後の一歩を前に、

あのこともあるし、あの人もいるし、さびしいし、

やっぱりもう少しこの夢の世界にとどまりたい、

と故郷へ帰ることにブレーキをかけてしまうのだ。



「香港さんは、それくらいのことがないと、

 なかなか香港から動こうとしないからねえ。」


と、先日も乙女ののりちゃんに言われたが、

日本に帰ってもいい、むしろ帰りたいと思いながらも、

こんなにも香港での生活に後ろ髪をひかれるのは、

そこに〝この僕〟が自分の手で築き上げてきた、

確固たる自分の存在基盤があると思っているからだ。

自分が作り上げたものは、それがどんなに酷くて、

自分に苦痛しか与えない物であったとしても、

自分の物であるが故に愛おしく、手放せないのだ。

これが、神の一歩を拒否し、何度も何度も、

ここへと舞い戻ってくる一因となっている。

そして、この存在基盤(アイデンティティー)は、

年齢と共にますます強固となり、手放せなくなる。


なので、今回の〝香港脱出後ろ髪ひかれ事件〟は、

ある意味、神からの一歩を受け入れるための、

模擬練習だとも言える。


僕達は、肉体を脱いで、神からの一歩を受け入れる際、

毎回、この何とも言えない〝別離の寂しさ〟に駆られ、

再度、ここへ戻ってくる。


だから、今回の香港から日本への帰還の旅を通して、

自分がどんなに現状を変えたくないと思っているか、

どれほどこの夢の世界にとどまりたいと思っているか、

をちゃんと認識し、きちっと赦してゆくのだ。