これまでは、友人、通りすがりの人、リンゴ、音楽、など、
見たり聞いたりするものの奥に神の反映を感じて、
〝ヒンヒン〟と天城越えしていたのだが、
ここへ来て、見たり聞いたりするものを通してではなく、
ダイレクトに全一の神の世界を現実だと認識しながら、
この幻想世界に存在しつつある。
そうすると、この世界や、肉体の自分は〝無〟だ、
と完全に分かるので、幻想をリアルにしなくなる。
もう、神の反映として兄弟や世界を見るのではなく、
神そのものの存在感の自分が夢を見ている。
それでも、日常生活ではまだ、あの人がどうしたこうした、
と、解釈する〝自分〟は残っている。
神に触れ、神の存在感そのものでいるのに、
なんで解釈が起こるのだろう、と疑問に思ったが、
その自分すらも夢で〝無〟だった。
そこで、ひとつ分かったことがある。
それは、この世界は幻想で、無で、起こってもなかった、
と、真の理解が起こるには、先ず先に、
幻想ではない世界、つまり神の世界に触れる必要がある、
ということだ。
世界は無かった、が先なのではなく、
神は在った、が先手なのだ。
なぜなら、
幻想に代わる世界(神)が見えていないのに、
いくら、世界は無い、幻想だ、それは起こってない、
とやっても、本当に世界は無かったんだあーっ、
という〝体験と理解〟が起こっていないので、
恐怖で苦しくなってくるのだ。
しかしながら、もし、世界は無だ、と、
完全に100%認識しながら存在するようになれば、
身体は数年しか維持できなくなるらしい。
あっ、そう言えば、
ハレ師匠の肉体の〝スカスカ感〟もハンパなかった。
ということは…、ええっ…?
という感じで、毎度おなじみフィリピンにいる。
今回は、財務の女の子たちが、
僕を韓国焼肉ランチに招待してくれた。
フィリピンの事務職員の給料は大体3万円くらいなので、
チョコレートやクッキーなどのありふれた手土産より、
若い女の子が欲しがるような化粧品の方が良いと思い、
毎回、マツモトキヨシのようなドラッグストアで、
コラーゲンパックや、シミ取りクリームや、美白乳液など、
いろいろ買って彼女たちに渡しているのだが、
今回の焼肉ランチは、そのお礼なのだという。
ああ、 楽しかった!