香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

膜の中では暮らさない



一週間続いた発熱がやっと収まり、体調が戻った。

なんか、毒素が出きった後のように爽快である。

景色も鮮明に見えるし、肌もつやつやしている。


というわけで、18日ぶりに、オフィスに出社した。

仕事は山積みだったが、意識は落ち着いていて、

今日一日、その瞬間瞬間に顕れる事象や思いを、

何も起きてない、と丁寧に見とめ、赦し、

聖霊に明け渡していった。


明日のことへの不安が出てきても、

やっぱり、これは起きてない、と、いまここで赦す。

人に対する恐怖や憎悪が出てきても、

幻想の罪悪感が消えようとする瞬間としてとらえ、

対峙している相手をただ神の子と見て赦してゆく。


どんなにてんやわんやしていても、

現実のスクリーンの膜の後ろにたゆたう、

光の世界のほうをメインにして過ごしていると、

膜上で移り変わる、ただの影の動きのように見え、

事柄による差をあまり感じなくなってくる。


ただ、今日、気づいたことがある。

それは、自分がどれだけ〝私を攻撃してオーラ〟

を出していたか、ということ。


これまでは、相手に反応した結果、

自分の中から上がってくる思考や感情、または、

相手が仕掛けてくる〝俺を攻撃しろよオーラ〟を

粛々と否定し、赦し、聖霊に明け渡していた。

結果、相手を攻撃したい、という欲求を赦し、

平安にはなっていっていたし、

相手から受ける〝俺を攻撃しろよオーラ〟も、

〝俺を赦せよオーラ〟に変化したりしていた。

だが、それでもすっきりしないのはなぜだろう

と、ずっと感じていた。

が、何のことはない。自分も相手と同じ

〝僕を攻撃して〟波動を出しまくっていたのだ。


気づいたからには、それを真正面に置いて観察し、

こんなもの信じないし、同意しないし、使わない、

と罪を否定して赦してゆく。

後は、聖霊に全部明け渡し、終了。


また、出てくるかもしれないが、兄貴に渡すだけだ。


こんな感じで始まった10月のお仕事。

もう、膜の中では暮らさない、

と決めた今日この頃であった。