👆 〝八折〟は二割引という意味
この魔法瓶、百貨店の入り口真正面に陳列。
ということは、ここのイチオシ商品ってこと?
今日は、受難節の祝日で香港はお休みであった。
Jが磔になってくれたおかげで会社を休めるのだから、
本当に有難いかぎりである。 J兄貴、おおきにっ!
というわけで、
23日まで香港中のジムがクローズされるため、
このままではぶちゃってしまう、と危惧した僕は、
家でも簡単なトレができる軽いダンベルを買おうと、
ノースポイントにある中国百貨店まで行ってきた。
一歩足を踏み入れるとそこはもう60年代、
21世紀的なものなど何一つなく、別の言い方をすれば、
60年代でも買えるものしか売っていない。
その代わり、
欲しいけど、どこで買えばいいのか分からないもの、
フラフープ、とか、太鼓、とか、砂鉄とか、風水盤、
といった〝キワモノ〟類は全てここに揃っている。
で、ダンベルを探してみると、あった、あった。
2キロくらいの小さなダンベルを探していたのだが、
どれも本格的な物ばかりで、持って帰るには重すぎる。
結局、買うのは断念した。
前回の記事で書いた〝全体である知覚〟が戻ってくると
あれ、何でこんなところでパソコンを打っているのだろう、
あれ、どうして毎日会社なんかに来ているのだろう、
あれ、なにゆえにこの人の言う通りにしているのだろう、
といった、これまで何の疑問も抱かずに行なってきた、
謎な行動の数々が、まさに〝謎〟として知覚されてくる。
自分が小指だと思っていた時は、
これをしなかったら生活してゆけない、とか、
そんなことを言ったら大変なことになってしまう、とか、
みんながやっているからこうするのが当たり前、といった
小指は小指として精いっぱいのことをしてきたわけだが、
全体からすれば、
一度洗った皿を、何度も洗い続けているのと同様、
なんでそんな謎なことをしているのか、
全然、まったく、少しも、わけが分からない、となる。
要するに、
小指だと思い込んでいた時には深刻だったことが、
全体になった時には、ただのお笑いコントになる。
👆 車椅子も売ってるよ!
こうして、僕もようやく、
この人がいてもいなくても、この仕事があっても無くても、
誰に何を言われどう思われても、大丈夫になりつつある。
昔、バシャールからワクワクに行動してくださいと言われ
多くの人が会社を辞めてワクワクに行動した結果、
〝バシャール難民〟が続出してしまったわけだが、
これもやはり、認知障害を起こしたまま動いてしまった、
つまり、時期尚早だったと言える。
〝全体だった〟〝ここに在る〟が知覚されていると、
ワクワクしないから会社を辞めるという風にはならない。
転職するにしろ、離婚するにしろ、入院するにしろ、
ちょっと旅行へ行ってきまーす、くらいの感じで、
そこに深刻さや無理やり感が無い。
👆 本当にここの百貨店、何でもある。
ただし、60年代でも買える商品限定だけど。
要するに、いまの自分は認知機能障害を起こしていて、
感じ方が全てトンチンカンなのだから、ここはもう、
一切の抵抗をやめてじっとしてなさい、ということである。
そうすると勝手に全体(神)が見えてきて、
いやがうえにも勝手にワクワクしてくるので、
動くのはそれからでも遅くない、ということなのだ。
👇 ちょうど3年前の今日もこの百貨店に来ていた