今日は、ちょっと大人げなくて、恥ずかしすぎる話を書く。
事務所で長年使っていたコーヒーカップが、
一つ割れ、二つ割れして、とうとう二個になった。
その残りの二個にも、ひびが入ってしまっている。
以前なら、こういったオフィスで使う備品などは、
秘書のケリーが揃えてくれていたのだが、
3年前に彼女が去り、たった三人の男所帯となった今、
俺たち野郎どもだけで調達しなければならない。
しかし、他の二人は、どこに売っているかわからない、
とか、どんなのを買えばいいのかわからない、と、
グズグズ言い、なかなか行動に移さないので、
仕方なく、僕が買いに行くことにしたのだった。
それで、先週の土曜日、このブログでも紹介した、
陶器専門店まで、コーヒーカップを買いに行った。
ここならバラ売りしてくれるし、種類も豊富なので、
多分、適当なのがあるだろうと思ったのだ。
あまり派手でないカップと皿のセットを5つ買った。
そしてあくる日、このコーヒーカップを会社へ持って行き、
掃除のおばさんにきれいに洗ってもらった後、二人に、
これからはこのコーヒーカップを使ってください、と伝え、
茶器を入れるかごの中へ並べて置いておいた。
しかし、エドワードも、もう一人の日本人も、相変わらず、
古いカップでコーヒーを飲み続けている。
このとき、本当に自分でもくだらない、と思いながらも、
せっかく、休みの日に、わざわざ買いに行ったのに…、
と、むかっ腹が立ち、大きな怒りが込み上げてきた。
本人に伝えるか、それとも、心の中で処理するか迷った。
それでしばし自分の中でプチ〝自分会議〟を行なった。
本人に直接聞いてみる?👉大人げないと思われる👉
このモヤモヤどうする?👉小さい奴と思われたくない👉
じゃあ人の目を気にしなくてよかったらどうしたい?👉
そりゃあ言うよ👉言って気が楽になるのかな👉まあね
大体こんな感じで自分の本音を確認していった。
たとえ最終的な本音が〝面と向かって相手に訊く〟
であっても、その通りに実行する必要などない。
行動自体はどっちでもいい、というか、どうでもいい。
要は、こういった、本当に些細な怒りや恐れが出た時、
ま、いっか、とモヤモヤしたままやり過ごすのではなく、
本当はどうしたいのか、と、きちんと自分に、
本音を確認してゆく作業をすることが大切なのだ。
その結果、本当は言いたいけど、大人げないからやめる
と自分が決断したのなら、それはそれでOKである。
最後、僕はもう一人の日本人に、直接思いを伝えた。
「わざわざ土曜日にワンチャイまで買いに行ったのに、
なんで古いカップを使ってるんだ!
気に入らないのなら言ってくれ。捨てるから」
と、もう大人げないを通り越し、子供丸出しで告げた。
「ああ、す、すみませんでした。
いつもの癖で、つい、古いカップを使っちゃいました」
と、ものすごく恐縮されてしまった。
昼休みにお弁当を買いに出て戻ってくると、
この件は、エドワードにも伝えられていて、
ヒビの入った古いカップはすでに処分されていた。
と、そんな、コーヒーカップ事件、であった。