香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

チョロチョロ多幸感

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湧いてくる想い全てが聖霊兄貴だった、と観念して、

 

ただ、見過し続けている今日この頃である。

 

 

今、この瞬間に湧いて出てくる想いは、

 

歓びであれ、悲しみであれ、やはり神の想いであり

 

湧いて出てくる全ての想いに抵抗しないことが、

 

今、この瞬間の神に抵抗しない、ということである。

 

湧いてくるものに抵抗せず、出るに任せていると、

 

出て来た不快感を好くないものと解釈して、

 

押しやっていたのも自分だった、と気づく。

 

そしてその時、僕たちは神に気づいている。

 

神に気づくとは、神の想いに気づくことであり、

 

愛(ハートの悦)の激流に乗ることを意味する。

 

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愛の激流の中ではもう巨大な愛されてる感しかなく

 

それは完ぺきな100%の肯定感である。

 

たとえ、憎しみのようなネガティブな感情であっても

 

やはりそれも、神に愛されたかっただけだった、

 

となり、最後は神の愛へと行きついてしまう。

 

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小さな喜びが、神の愛の激流への呼び水となる。

 

というわけで、今日は、仕事帰りに、

 

カラフルな色彩の食器を売る店の前を通り掛かり、

 

ふと、家の食器を総入れ替えしよう、と思い立った。

 

総入れ替えと言っても独り暮らしなので、

 

お皿と、茶碗と、小鉢が少しあれば事足りる。

 

 

こういう店は、前借りていた店舗が出ていき、

 

次の店舗が内装を始めるまでの数日間だけ、

 

安い家賃で借りて商売をする臨時店舗で、

 

今日買わなければ、次はもう無いのである。

 

 

好きな食器を選び、それを使うことで、

 

気持ちがホッと和むような〝瞬間〟を味わう。

 

何をやるかではなく、

 

心の中の〝いい感じのエネルギー〟が大切だ。

 

この身の丈に合ったチョロチョロ多幸感こそが

 

愛の激流へと繋がってゆく呼び水となるのだ。

 

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なにはともあれ、心の矢印(方向性)を、

 

神の愛の流れに合わせるのが先決である。

 

そうすれば、あとは、勝手に流れてゆく。

 

それが、聖霊の采配だ、と思っている。

  

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