香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

真の教師(2016年アーカイブ)

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過去の下書き大放出第二弾、である。

 

今回は、2016年当時の記事である。

 

もう、誰の事なのかは思い出せないのだが、

 

多分、誰か特定のスピ教師に反感を抱き、

 

こういう記事を書いたように見て取れる。

 

本当に、当時の事を全く覚えていないが、

 

その時代の自分を尊重し、

 

修正なしの原文ママで掲載することにした。

 

 

では、どうぞ!

 

 

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この世界は、はなから始まってもなく、神だけが実存で、

 

常に神の中で歓んでいるから、と言って、

 

夢の世界の常識を無視してよい、というわけではない。

 

迷惑を顧みず、これは違う、と、突然仕事を辞めたり、

 

これは自我だから、と、社会的責任を果たさなかったり、

 

それは実存しない、という名目のもと、社会を避けたり、

 

といった行為は、逆に世界を実在させていると言える。

 

 

要するに、たとえ、悟ろうが、神の教師であろうが、

 

夢の世界にいる間は普通にしましょう、ということである。

 

人とは普通に会話をし、税金は普通に払い、

 

普通に働いて、稼いだお金で日々生活をする。

 

コースを教えることだけで食べて行きたいのであれば、

 

自分でマネージメントして発信すればいいだけであり、

 

コミュニティを運営したり、信奉者を傍に置く必要はない。

 

 

blog.hoshitani-shusaku.com

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真の教師であれば、

 

導こう、としているその小さな判断に気づき、赦すだろう。

 

導けるのは聖霊だけであって、教師自身ではない。

 

純粋にコースを生きていきたい、という思いから、

 

それは違う、という解釈で兄弟を不安な思いにさせたり、

 

様々な要求をコース兄弟に求めることは自我である。

 

誰かの犠牲や負担の上に実現するコミュニティなど、

 

〝真の〟神の教師には、あり得ないことだ。

 

それでも、誰かの行為に甘え、お世話になったのなら、

 

その人に対して〝普通に〟気遣いをするべきだし、

 

心からの敬意と感謝を行動や言葉で表現すべきである。

 

だって、いくら優れた悟っているマスターだと言ったって、

 

まだ、肉体を持ち、この世間で生活しているのだから…。

 

要するに、普通の人と同じなのだ。

 

 

自我はどこまでも利用する。

 

それがコースであっても、何であっても、だ。