香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

工場で働く聖子ちゃん

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👆家の近くに、日本の高級食パン専門店

 嵜本ベーカリーがオープンした。

 まあ、普通に美味しい食パンだった。

 

例えば、

 

明日も会社だと思うと不安で仕方がない、とか、

 

パートナーのキツい言動が辛い、とか、

 

商売がうまくいかず憂鬱だ、などなど、

 

今、自分がいる環境を不快に思っている時、

 

ひょっとしたら、すでにそこは、

 

自分がいるべき場所ではないのかもしれない。

 

 

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もちろん、

 

今の会社、パートナー、やっていることが、

 

大大大好きで、次に生まれ変わっても、

 

やっぱりこの会社でこの同僚たちと働きたい、

 

このパートナーと出会って一生を共にしたい、

 

この職業に就きたい、と思っているのであれば

 

どんな動揺が起きても、そこに留まり、

 

赦せばいいと思うのだ。

 

しかし、もしそうでなければ、そこはもうすでに、

 

自分が居る場所ではなくなってしまっている。

 

だから、様々な不安や葛藤を引き起こすことで、

 

自分の本質の部分が、

 

自分が真に望む場所はどんなところなのか、

 

自分はどんな人と一緒に居たいのか、

 

自分は本当は何ががやりたかったのか、を、

 

再度、きちんと自分に確認させようとしている。

 

 

ひょっとして今の自分は、組み立て工場で一日中

 

ビス打ちをしている松田聖子なのかも知れない、

 

そう疑ってみる必要は大いにある。(笑)

 

 

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👆一枚(一斤ではない)400円の食パンなんて

 一体だれが買うのか。

 食べてみたが、まあ、普通の食パンだった

 

 

ちゃんと今この瞬間にいて、

 

神の愛の眼差しで世界を見れていれば、

 

どこに居ようと関係ない、という人もいる。

 

僕も長年会社で赦しの実践をしてきて、

 

だんだん自我の力が薄まり、

 

神側(背後側)の愛がメインになり始めると、

 

今度は自分に本来の力が戻ってきて、

 

あれ、別にここに居なくてもよくね?

 

なんで松田聖子級の自分が工場に居るのか、

 

みたいな感じになってくる。(例えがヘン?)

 

それでも頑なにとどまり続けていると、

 

ますます現状がきつくなり、最後はドっカーンと、

 

身体にきたりする。(僕は肩に来ている)

 

 

そして、これがまた自我の巧妙なやり方なのだが

 

もし、ここがアウシュビッツ収容所だったら、

 

どんな手を使ってでも脱出しようとするだろう。

 

神の中に在れば、どこに居ようと関係ない、

 

なんてきれいごとなど、言ってられないはずだ。

 

しかしこれが、

 

満足ではないけれど長年居て慣れている職場、

 

嫌いだけど一緒にいることでメリットがある相手、

 

ワクワクはしないが、何とかギリやれている商売、

 

など、苦しいけどやって行けなくはない環境だと、

 

別の居場所がここより良い場所とは限らないので

 

それじゃあ、なんとか工夫して、現状のまま、

 

最後までいっちゃおう、となったりする。

 

低い現状で安定しようするのだ。

 

 

だから、自我は、

 

決してアウシュビッツなどという極端な場所に

 

僕たちを放り込んだりはしない。

 

過酷だけれど、時々休憩時間もある、

 

ちょっとマシな地獄に延々留め置こうとするのだ。

 

 

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まあ、今の僕がまさにそうなのだが、

 

そうは言っても、慣れ親しんだ場所を去るのは、

 

相当な勇気が要り、実行するには、

 

多大な労力と精神力が必要となる。

 

しかし、違和感というサインを聞かずに、

 

このまま留まり続ければ、

 

なまじっか神の歓びを知っているだけに、

 

どんどん苦しくなってゆくのも目に見えている。

 

 

そう、

 

松田聖子が工場でのビス打ちを辞め、

 

〝青い珊瑚礁〟を歌う日は近いのだ!