香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

この世界を越えてゆけ!

f:id:shusaku1:20190119191615j:plain

 

もうすでに、大陸の会社や工場は旧正月の休みに入り、

 

香港も、2月2日から9日間の休みに入る。

 

通常、財務部は、

 

月初の5日間で前月の月次をまとめねばならないため、

 

今回のように、月初に祝日が続くと、

 

月末の31日が戦場と化す。

 

それに月末はフィリピン出張が重なるため、

 

今週は〝根性〟の一週間となりそうだ。

 

 

とまあ、見えている映像を臨場感をもって表現すれば、

 

だいたいこんな感じになるのだが、

 

もうこの世界を越えてゆく、と決めて以降、

 

〝ただそこを通り過ぎるだけの人〟となっている。

 

↓ 一年前の今日、こんなことやってました ↓

blog.hoshitani-shusaku.com

 

また、

 

神はこの世界を認識しない、という姿勢を貫くことが、

 

Jのように、正しいハートの声を聞くことであり、

 

ハートの声は沈黙と静寂を通して受け取ることができる。

 

 

どんな夢見も、それは実存しないが故に認識できない。

 

神と神の子だけを実存とする姿勢を妥協なく貫くことで、

 

ハートの声を聞きとってゆく。

 

僕はいま、やっとそのスタートラインに立てた気がする。

 

f:id:shusaku1:20190126124641j:plain

↑ デイヴィッド、フランシスと(2016年11月撮影)
   このとき、痩せよう、と決心する。

 

愛(真の自己)は悦び(ハート)を通して平安(神)を得る。

 

愛と悦びと平安は、同じひとつのもの(神)であった。

 

これ以外を認識する必要はない。

 

 

ちょっと前まで、コースは心の中の赦しだけを扱うのに、

 

フランシスはどうして、家庭も、事業も、全財産も、

 

手放す必要があったのだろうと疑問に思っていたが、

 

なんのことはない、そうすることが必要だったのではなく、

 

本当に要らなかったから手放したのだ、と今なら解かる。

 

彼女にとってみれば、この世の幸せなど、

 

何の意味も為さないことだったのだ。

 

f:id:shusaku1:20190126123056j:plain

↑ お昼はヤムチャへ行き、みんなで鳩を食す 

 

そんな中、

 

東京から、(元)コンババ部長が出張してきたので、

 

夜、みんなでご飯を食べに行った。

 

そこで、誰々さんがどーしたこーした的な話題になり、

 

普段、そんなことはないのに、この日はなぜか、

 

強く他者を批判し、攻撃したい想いが沸々と湧いてきた。

 

 

だが、

 

想いが湧いてこようがどうしようがどうでもいい。

 

沸々と湧いてくる想いすら実存ではないと智っている。

 

実存でないものは真の自分に所属するものではない。

 

 

真の自己へと戻り、ハートと直に向き合う。

 

夢の世界の自分や他者が何をやっていたとしても、

 

真の自己は決して脅かされない。

 

沈黙の中で、そこだけに留まる。

 

 

真の自己(ハート)から見ると、

 

どの兄弟も無実でありキリストである。

 

兄弟全ての内に自分と同じ神の聖性が宿っている。

 

なので、もうどの兄弟をも、罪の牢獄には閉じ込めない。

 

そう決心すると、人を批判したいという気持ちも、

 

自分や兄弟たちを牢獄から解放するためのものとなり、

 

愛そのものだったことが解かる。

 

f:id:shusaku1:20190126123040j:plain

↑ 夜は台湾しゃぶしゃぶ 

 

ここのところ、ハートと向き合う毎日が続いている。

 

これからは、現実の出来事や兄弟を通してではなく、

 

直にハートと向き合ってゆくこととなる。

 

 

それでも、静寂と沈黙の中でハートの声を聞くには、

 

まだまだヨチヨチ歩きのボクではあるが、

 

そうやって、少しずつ天国に慣れてゆく。

 

父が待つ故郷へ戻る準備はすでに始まっており、

 

時間はまさに、そのためだけに使われることになる。