香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

神依存症

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昨日の深夜0時頃、もう寝ようとベッドに入ったが、

 

なんか寝付けなくて、行きつけのバーへ行った。

 

なんせ徒歩3分の場所なので、半パンにTシャツ、

 

財布とケータイだけを持って、ふらりと出かけた。

 

 

まずは、いつものようにマティーニを一杯遣った後、

 

カウンターに山梨の桃が出ていたので、

 

これで何か作って下さい、と頼んだ。

 

マスターが桃のマティーニを作ってくれた。

 

桃と、ジンと、ドライベルモットと、桃のジュースを

 

ミキサーに入れ、それから、桃で作った氷で、

 

シェーカーを振って桃マティーニが完成した。

 

 

マスターは、絶対に日本産の果物しか使用せず、

 

味が薄くなるので氷も果汁を凍らせたものを使う。

 

桃だけではなくジンの味もちゃんと生かされていて

 

絶妙の一杯だった。

 

 

と、ここまではよかったが、この一杯で酔っ払った。

 

訊けば、ジンが45ccも入っているのだという。

 

そうしないと、味が桃の甘さに負けてしまうらしい。

 

帰り道も千鳥足、家が近くて本当によかったあ。

 

家に着き、ベッドに入れば、心臓が血液を送り出す

 

シュッ、シュッ、シュッ、という音まで聞こえる。

 

でも、自分の心臓の音を聞いていると、なぜか、

 

安らかな気持ちになり、そのまま眠ってしまった。

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というわけで閑話休題、先日も書いたけれど、

 

僕たちは常に何かに依存しながら生きているが、

 

本当は〝神〟に依存していた、という話である。

 

 

会社、仕事、パートナー、子供、お酒、スピ、など、

 

依存しているがゆえに、

 

もしそれらを失ったら、という恐怖から、無意識に、

 

相手の意に添うような行動を取ったり、また、

 

相手の意に沿えなかった自分を責めたりする。

 

 

しかし、その依存相手をようくようく見てみると、

 

イヤだイヤだ、と嫌悪しながらも離れらない、

 

その相手こそが神だった、という発見をする。

 

依存の対象物が、会社やお酒であるからこそ、

 

ある意味、安心して依存できていたのだ。

 

 

依存していた相手が〝神〟だったと解かれば、

 

神に依存しても何ら問題はない、と気づき、

 

ただ、歓んでいるだけいいんだ、となるため、

 

俗にいう◯◯依存症は消失することになる。

 

 

本当は、僕たち、神依存症だったのだ。

  

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