今日は夏至の日、でもって部分日食の日、でもって新月
おまけに日曜日で父の日ときた。
今日はトレーナーと筋トレの日だったので外へ出たら、
多くの人たちが日食を見ようと空を仰いでいた。
それに、父の日だからか、子連れのお父さんも目立つ。
今日の香港の気温は34℃、猛暑だ。
次回、香港で日食が見れるのは50年後なんだって。
その頃の香港はどうなっているのだろう。
まあ、多分僕はこの世にはいないと思われ…。
(父が待つ故郷へ永遠に帰還済希望!)
それにしても、夏至、日食、新月ってすごすぎる。
なんか、新たなるはじまりっていう感じで、
占星術的にはきっと何かあるんだろうな。
話は変わり、自分にとって恐怖を感じさせる人、
憎しみを抱かせる人、嫌いという程ではないが、
何かと面倒な人、などに相(あい)対したとき、
本当は、自分が彼らをそのように見なして断罪していた
ことに気づいて以降、僕の人間関係は大きく変わった。
気づいて、先ず、何をしたかと言うと、
彼らがすでに癒されている存在だとして彼らと接する、
彼らが初めから愛の存在だったと解かって会話をする。
目の前の相手がどんな表現をしてこようと関係ない。
見えている兄弟が何を言ってきたって構わない。
断固として、絶対に、どんなことがあっても、
凛とした強さを以って、彼らは完璧に癒されており、
完全な愛だと認めて相(あい)対してゆく。
もちろん最初は、無理やりそう思い込むだけでいい。
コツは、心の中だけでそのように思うのではなく、
実際にそのように相手と話し、行動するのだ。
何よりもまず、自分が変わろうとする意志を優先させ、
相手がどうであろうと、とにかく根性でガンガン行く。
意識に教え込むには、忍耐と根性が必要なのだ。
そうこうしているうち、
「あれ、なんか最近、あの人、優しくなったみたい」
「えっ、あの人が自分を助けてくれた?気持ちわるっ!」
「うわっ、みんな愛で輝いているように見える!」
というふうに周囲が変わり始めるか、本人がいなくなる。
外の世界は、自分の心の中を映し出しているので、
なにはともあれ、
自分の見ている世界が優しくなることが先決だ。
それは、自分が自分の心を責めなくなった証拠であり
そこに神が在ることに気づく第一歩となる。