香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

僕が全部、神が全部

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いま、毎日の瞑想がすっごく心地いい。

 

というか、日常を背後側で生きているので、

 

ほぼ、一日を瞑想状態で過ごしている。

 

 

僕の瞑想は、呼吸を感じるアーナパーナを

 

自分なりに深化させたバージョンで、

 

息を吐いたり吸ったりする時の

 

波打つ 拡大と収縮のリズムに従って、

 

息が、体中を循環し、

 

次第に、愛の悦びの流れに同調し始める。

 

やがて、息の流れに沿って、

 

鼻や、脳や、背中や、内臓といった、

 

身体の部位を意識できるようになり、

 

半ヴィパッサナーのような状態にもなる。

 

 

背後から、

 

現実のベールの裏側に向かって流れる、

 

激しい神のエクスタシーの方向性があり、

 

一切の抵抗を止めて体を弛緩させ、

 

呼吸のリズムと共にその流れに乗ると、

 

ハートの法悦の中へと入り、

 

自分が神と同じ霊だったことを思い出す。

 

 

まあ、それでも最初のうちは、

 

ものすごい〝今〟への抵抗が湧き上がり、

 

1分もしないうちに、呼吸を忘れて、

 

昔のあれこれや誰かの一言などの雑音で、

 

すぐに無意識状態に引き戻されてしまう。

 

それでも、気づいては戻り、気づいては戻り

 

と、数をこなしていくうち、だんだん、

 

仕事中や人と話している時とかでも、

 

神の流れそのものでいられるようになる。

 

僕の場合、ヴィパッサーナーの10日間で、

 

呼吸や身体の細胞をを感じることで、

 

今この瞬間に在る神を思い出す、を、

 

みっちり叩き込まれたのですんなりできた。

 

blog.hoshitani-shusaku.com

 

 

こうして分かったことは、

 

気づいていないことに気づくことは、

 

非常に大切だな、ということである。

 

呼吸や瞑想を通じて、常にここにあり、

 

あることも知っているのに、

 

何ら意識することなくスルーしてきた存在に

 

気づいてゆく。

 

当たり前すぎて愛とさえ思っていなかった

 

感覚に気づくことで、神を思い出すのだ。

 

 

自分を愛したり、大切にする場所から

 

自分が愛そのものだったことに気づいてゆく。

 

 

とうわけで、金曜からジムが解禁となった。

 

ただし、マスク着用、だって。

 

でも、うれしい。