僕が背後の無限の全体に委ねている時、
神である感じ、歓びの感じ、抵抗がない感じ
愛の流れに乗っている感じ、に満たされる。
それは、
想い、とか、エネルギー、とも少し違う。
神の想い、神の想念、という表現だと、
そういう想いがあるような感覚になるし、
大いなる源のエネルギーという表現だと、
何らかの力が作用しているような
イメージを持ってしまう。
今、この瞬間に充満している神、愛、歓び、
ハートのエクスタシー、兄貴の眼差し、
という〝感じ〟が存在している。
感覚でも、理解でも、状態でもなく、感じ…。
ここ連日お伝えしているように、
この神の感じが本当にリアルになっていて、
自分自身の存在の在り方も変わった。
本当の自分は純粋な愛、スピリットであり、
他人の言動や、相手が何を望んでいるか、
に注意を払う必要はなく、ただ自分は、
愛の存在として、そこにいればいい。
ここでは、エゴさえも愛に変わり、
そうなるともう、それは自我ではない。
例えば、会社の業務でトラブルがあっても、
背後の神に繋がっていることを思い出し、
無条件に自分自身を愛しながら、
今、この瞬間に存在していれば、
全ては展開するように展開してゆくことを
知っている。
今、僕が警戒しているのは、エゴではなく、
絶対に〝そこ〟から離れない、
絶対に〝そこ〟を忘れない、
ということだけである。
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というわけで、
明日から国慶節休暇で5連休となる。
30日(水)は、銀行や散髪へ行ったり、
ジムやマッサージ、行きつけのバー、と、
外的なことを、びっしりやる予定である。
そして、明後日からは、いよいよ、
テレビも見ず、ネットもせず、スマホも切り、
1日13時間、ひたすら小説だけを書く。
そのほかの時間は、瞑想をする。
食事は全て冷凍もので済ませるつもり。
なので、このブログも、しばし小休止である。
それでは、みなさん、また来週!
あ、そうそう。
今回、小説『ジンジャー・タウン』を、
ブログで公開していくことにしました。
小さな小さな夢の物語が、
ちょっとっ不思議なタッチで
語られています。
秋の夜長に、ご覧いただければ…。