⇑今夜の夕食はピザ。二日かけて食べる
コロナ対策の一環として、
香港支社ではここのところずっと、
午前10時から午後4時までの
時短勤務が続いている。
朝の三密を避けるためと、
夕方6時で全ての飲食店が閉店となるため、
最終的に、この勤務時間となった。
こうした香港支社の勤務体制については、
毎週、僕たちが社長に香港の状況をレポートし、
それに基づいて、社長が決める。
まあ、三人だけの事務所でもあり、その都度、
社長とチャットしながらちんまりと決めていた。
それで今日、社長や本社の人たちを交えた、
物流に関するリモート会議に参加したのだ。
会議も終盤を迎え、お疲れさま、となった時、
突然、あのコーヒーカップ事件に登場した、
もう一人の日本人が、
ここでそんなことなど訊かなくてもいいのに、
「あのう、社長、
来週の香港の勤務時間も、これまで通り、
10時-16時でいいでしょうか」
と、みんなの前で、
社長にお伺いをたててしまったのだ。
咄嗟に僕は〝ヤバッ!〟と思った。
緊急事態宣言が出ている東京支社でも、
9時から17時まで、と一時間の時短だけだ。
当然、それを聞いた他の社員たちからは、
「昼休みを除けば、
実質5時間しか働いてないじゃないか」
となり、社長も他の社員たちの手前、
これまで通りでいきましょう、とも言えず、
結局、来週の勤務時間は、
午前8時から午後4時までとなってしまった。
なんでみんなが参加する会議の場で、
わざわざこんなことを訊くんだようーっ、
それも、コロナとは全く関係のない会議で…。
コイツ、バッカじゃないのか?
空気読めないにも程がある!
本当に使えない!
言いようのない怒りが込み上げてきて、
会議のあと、
「本当にいったい何を考えてるんだ、
あの場所でそんな事を訊いたらどうなるか、
ちょっと考えたらわかるじゃん!」
我慢できずに僕は、本人に詰め寄っていた。
彼自身も〝やっちゃった〟とは思っていて、
申し訳ありません、と恐縮しながら謝っている。
来週から8時出社だから、とエドワードに伝えると
彼もすっごく嫌そうな顔をしていた。
帰宅途中のバスの中で〝赦し〟を取り戻す。
僕の中に流れている〝赦しの感じ〟に入る。
「これは神から分離した自我のなんちゃらで…」
「これは僕が投影して彼に言わせてるんだ」
「まあ午後4時には帰れるんだし…」
「何も起こってないし、故に罪は無い」
なーんていうようなことは一切やらない。
ただ〝赦している感じ〟の中で流してゆく。
また、
「コイツ、バッカじゃないの?」
という自己の中で爆発する感情に対しても、
「罪を信じている。世界を実在させている」
といった、ごちゃごちゃしたことは考えない。
自分を責めるようなことは一切せず、
ちゃんと自分のなかで〝怒り〟きって、
愛されたい、から、
自分は無条件に愛されている、
へと昇華されてゆく様をじっと見届けてやる。
やがて、家に着く頃には、自身の内部を還流する
〝赦しの流れ〟(愛の流れ)に凌駕され、
最後には、
その、やっちゃった彼、のことがすごく愛おしく、
僕を助けてくれる有り難い存在として戻ってきた。
ああ、でも、8時出勤かあぁー。
くうぅーっ!
☟ 更新しました