香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

〝在る〟で否定する

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 👆   キューピーちゃんが可愛いのは

  視線が横を向いているからだ、と

  今気づいた 

 

 

コースの形而上学の解説でよく述べられる、

 

神の否定を否定する、であるが、

 

僕は当初、頭では理解できるけれど、

 

日常の実践にどう応用してゆけばよいか、

 

見当もつかなかった。

 

しかし、現実レベルで言えば、これは、

 

相手から発せられる否定的な言動を否定する

 

ことなのだ、と次第に理解ができてきた。

 

 

相手から何か否定的な言動を受けた時、

 

どう思われるかな、次はなんて言われるかな、

 

といった自分を責めるような感情を、

 

「そんなことないよ。父がここにいるじゃん」

 

と、自分に対して優しく否定してやることで、

 

神を否定した、と思い込んだ自分を否定する。

 

 

とはいっても、僕も当初は、自分の中に、

 

父や兄貴を全く〝感じられて〟いなかったので

 

どうしても、

 

「それは起こってない、だから無い」とか、

 

「そんな私も実在してない」

 

というような、

 

こんな時はこうすればいいんですよね、

 

的な、愛のない、

 

神不在の否定しかできなかった。

 

 

なので、何はともあれ、

 

今、この瞬間に在る神に気づき、

 

内側にハート(天国)を感じていることは、

 

赦す上でとても重要だ、と言える。

 

 

そして、神に気づく第一歩は、

 

今、この瞬間に在る神に抵抗しない、

 

すなわち、責めるのを止めることである。

 

これについて、マニュアル的なやり方はない。

 

自分の中の、自分だけの兄貴と対話し、

 

自分で気づいてゆくしかない。

 

どこかのコミュニティに参加して、

 

この人の言うとおりにすればたどり着ける、

 

という類いのものではないからだ。

 

 

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僕の場合、

 

最初は兄貴の声なんか全く聞こえないので、

 

先ず、自分の本音と対話することから始めた。

 

 

「そんなことないよ。君はそんなんじゃないよ」

 

「君が辛いと思うのは仕方がないって」

 

「どうする?ここで言い返してみる?」

 

「本当はやりたい?やりたくない?

 

 でも、やりたくないならやめてもいいんだよ」

 

「大丈夫。君は完ぺきに愛されてるんだ」

 

 

と、トイレに行く、といった普段は無意識的に

 

習慣でやってしまうようなことでも、

 

きちんと訊き、対話した。

 

 

ただし、

 

「あの人に一言い返す?」と訊いて、

 

「言い返したい」と思ったからと言って、

 

実際にそう行動する必要はないのだ。

 

本当は相手にガツンと言ってやりたいけど、

 

ビビってるから今はやめとく、みたいに、

 

自分の本音を確認していく訓練をする。

 

聖霊は自分の本音(真実)の部分なので、

 

自分にウソをついている状態で、

 

声なんか聞こえてくるわけがないからだ。

 

自分の本当の声を認め、許容できれば、

 

別に、どう行動したっていい。

 

 

なんていうか、うまく説明できないけれど、

 

〝無い〟で否定するのではなく、

 

〝有る〟(〝在る〟)で否定する。

 

無限の全体に戻った〝在る〟の位置から、

 

それは無いんだよと優しく否定してやるのだ。

 

 

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でも、在るの位置に戻ったら、

 

わざわざ否定なんかしなくても、

 

それは本当に無かったって、

 

もう知っているのではないか?

 

というツッコミは、却下ーっ!

 

 

ということで、

 

今日もまた、脱線気味に終了となる。

 

おやすみなさい。