香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

決して見れない

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ここ一年、背後、背後、とうるさい限りの僕だが、

 

背後って何なのか頑張って書いてみたいと思う。

 

 

当たり前のことだけど、

 

僕たちは自分の背後を見ることができない。

 

自分の顔も、首も、直接見ることができない。

 

見えているのは、前側の世界だけである。

 

鏡で見る自分も、前側にある鏡に映る自分で、

 

動画で撮った自分を見たとしても、それは、

 

前側の画面に映る自分の映像であるので、

 

厳密には、

 

実在の自分を見ていることにはならない。

 

 

一度も見たことのない背後を、

 

どうして〝有る〟として疑わないのかというと、

 

それは、他者が自分の背後を見て、

 

まるでそれが、

 

本当にあるかのように振舞っているからだ。

 

そして自分もまた、

 

自分の前方に認識している他者の背後を見て、

 

自分の背後もきっと、こうなっているんだろうなあ

 

と想像して実在化させている。

 

こうして考えると、

 

自分の背後が他者の前側になっており、

 

他者の背後が自分の前側になっている、

 

別の言い方をすれば、

 

自分にとっての背後は見えない世界だが、

 

他者には見えている世界になっている。

 

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自分の前方には、様々な物体があり、人がいて、

 

僕たちが現実と呼ぶ生活空間が広がっている。

 

そして、前方にスマホを認識したら、

 

LINEにメッセージが入っていないかな、とか、

 

前方に八百屋が見えたら、

 

あ、そうだ、ネギを買わねば、とか、

 

オシャレなカフェの前を通りかかったら、

 

ちょっとお茶でもしていこうかな、というふうに、

 

前側の空間の中にある物や人を見ることで、

 

そこから様々な〝想い〟が立ち上がってくる。

 

ということは、

 

自分に湧き上がるこの想い(心の声)は全て、

 

前方の空間側から来ている、と言える。

 

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👆僕たちはモノや人を認識することで

 何かを思っている。従って物や人側に、

 自分の思いがある、ことになる

 

これを人に置き換えてみると、

 

他者と自分が向かい合って立っているとして、

 

日頃、自分が感じる様々な思いは、

 

相手側の背後から想起されてきていると言える。

 

逆もしかりで、自分では決して見ることのできない

 

自分の背後には、他者の前方が広がっていて、

 

他者は、自分側(自分の背後側)にある物を見て

 

様々なことを思っている。

 

 

自分が相手の背後を見て何かを思うのと同様、

 

相手も自分の背後側を見て何かを思っている。

 

これはどういうことかというと、

 

相手の中(相手の背後側)に自分の思いがあり、

 

自分の中(自己の背後側)に相手の思いがある、

 

すなわち、自分の思いは他者の思いであり、

 

他者の思いが自分の思いだということなのだ。

 

そういう意味で、

 

自分が何を思っているかは他者の中にある。

 

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このカラクリをもう少し説明すると、

 

前方側(他者側)から発せられる言葉から、

 

自分が何らかの思いを

 

感じ取っているのであれば、

 

(どう思うかを自分で決めているのであれば)、

 

他者から発せられる言葉や行為は、

 

自分の言葉、または行為だ、

 

ということができる。

 

 

「もう、何やってんの、しっかりしてよ」

 

と相手に言われたなら、それは、

 

自分が自分に言っている、自分の言葉である。

 

また、自分が相手に、バカ、と言ったなら、

 

相手が自分のことをバカだと思っていて(笑)、

 

相手が自分にそう言わせている。

 

しかし、僕たちは、

 

相手が自分に何か言ってくる、

 

自分が相手に何か言っている、と認識しており、

 

その認識の転倒によって、いつまでも、

 

自分の背後に在る神へ意識を向けられないでいる。

 

 

だから、相手の言動にムカついたなら、

 

それは自分が自分にムカついている。

 

これをきちんと認識して、

 

自分の背後(自分にとっての見えない世界側)で

 

自分に対する愛をどんどん放ってゆけば、

 

相手は見ている空間の中に愛を感じ取り、

 

やがて、相手が優しく変化してゆくのだ。

 

そして、

 

相手が変化するのは自分が変化した結果となる。

 

 

他者と向かい合った際、自分が感じたことは、

 

本当は他者が感じていることなので、

 

自分側の感じ方を意識的に変容させることで

 

他者の感じ方も変わってゆくのである。

 

 

ぜーぜー!

 

僕の稚拙な文章力では、これが限界だ。

 

雰囲気だけでも感じて頂ければ幸いである。

 

 

おやすみなさい。