香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

探求上等!

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もうすぐ一時帰国休暇だから、ということで、ここ数日、

 

ハイスピードでガンガンに仕事をこなしまくったおかげで、

 

今日はなんだか、よっゆー、の一日であった。

 

しかし、こういう、調子コイてるときに限って、

 

ドッカーンが来るので、現れては消えてゆく幻想の今を、

 

ただ淡々と見すごしてゆくことにする。

 

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現れては消えていくのは人の想いだけではない。

 

今現れている、景色、肉体、物事も同様に消えてゆく。

 

そして、本当にあるものは消えてゆかない。

 

 

見えているけど、無い。本当に、無い。

 

誰かがいるけど、いない。本当に、いない。

 

起こっているけど、起こってない。本当に、起こってない。

 

そして、これらの真実は、

 

いま、ここに見えている風景に抵抗しない、

 

いま、ここに湧き上がっている想いに抵抗しない、

 

いま、ここに顕れている出来事に抵抗しない、

 

ことで真に認識される。

 

 

抵抗しない、というと、ついつい、

 

抵抗しないようにしよう、としてしまうのが常だが、

 

そもそも、何かに抵抗している自分などなく、

 

抵抗しないようにしようという思いが勝手に起きている。

 

また、危険が迫っていても、不当に扱われていても、

 

何もせず、なすがままでいることなのか、

 

というとそういうことでもなく、

 

たとえ、対処したり、言い返したりしたとしても

 

それもまた、そういう思いが勝手に起きているだけで、

 

言い返している意識などどこにもいないことを、

 

心が知っていることである。

 

 

また、いまここにあるものに抵抗しない、というのは、

 

聖霊として観る、ということでもあり、なんていうか、

 

無い、いない、起きてない、という言い聞かせではなく、

 

あっても平気、いても差し支えない、起きてても大丈夫、

 

だって無いから、といった完全リラックス状態を指す。

 

そこから、あっ、神だけやん、となり、

 

神に気づいた途端、全てが愛と悦びに逆転する。

 

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と、ここまで書いてこんなことを言うのも恐縮なのだが、

 

神に気づこうとしても、そのことが起こるまでは、

 

神に気づくことができない、ということである。

 

それはテーブルではなく神だった、と理解が起こるまでは

 

テーブルはテーブルであって、神ではないということだ。

 

要するに、個の自分にできることは何もなく、

 

唯一できることは、神に気づく、ということが起こるまでは

 

何もできないと観念しながら探求を続けることである。

 

なので、

 

正しく、堂々と、探求を続けてゆけばよいのだ。

 

それは違うんですよ、探求など無意味なんですよ、

 

という教師など放っておけばよい。

 

王道を行くのがもっとも近道だと思うから…。

 

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