香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

自分責め

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自分を責めるという行為は、

 

内なる神を責めているのと同じことであると知って以降、

 

どんなことがあっても、絶対に自分を責めないと決めた。

 

そうすると、不思議なことに、人から責められなくなった。

 

 

以前やっていた僕の〝自分責め〟の例を挙げてみると、

 

ある同僚が、今日に限って不愛想だったりしたとき、

 

自動的に、自分が何か悪い事をした、と考えてしまう。

 

また、この数字の内容が分からないので教えてください、

 

と訊かれただけで、何かミスをしたかな、と思ってしまう。

 

そのほかにも、

 

自分の一言で、相手が気分を害したように見えたり、

 

うまく行ってたことが、急にダメになったりすると、

 

やってしまった、と、バシバシバッシングしてしまう。

 

 

まあ、それでも僕は、

 

他責型主体の外国で暮らしているからか、

 

一般的な日本人よりかは自分責めは少ない方だが、

 

それでも、基本的な気質はやはり日本人なわけで、

 

表向きは他責型づらして、悪いのはお前だ、とやってても

 

内心では、悪うござました、が先手に来ていたりする。

 

しかし、自分を責めると、幻想の罪を認めることになるし、

 

一旦実存させてしまった罪は、赦すことが不可能となる。

 

それに何より、本当に責めているのは自分ではなく、

 

聖霊であり、神である。

 

聖霊を責めながら、聖霊助けてください、っておかしい。

 

そのことに気づいてから、自分責めを止めると誓った。

 

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具体的にどうするかというと、まずは、今に戻る。

 

そうして、今この瞬間に在る神に抵抗せず、

 

お前はなんてダメなんだ、バカバカ、と責めている思考が

 

シュワシュワと湧きがっては消えてゆくに任せておく。

 

実際には〝責めている自分〟というものは存在せず、

 

そういう思考が、

 

ただシュワシュワと立ち上がっているだけである。

 

 

あとは、その時々の自分にとって最大の心地よいこと、

 

カフェでワインを飲んだり、マッサージへ行ったり、

 

家でなにか面白い動画を見たり、お風呂に入ったりする。

 

神への呼び水となるような法悦タイムを満喫することで、

 

自分、もとい、聖霊へのバッシングに歯止めをかける。

 

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そうやって、自分バッシングを止めると、

 

しばらくは、幻想のスクリーンに、

 

昔自分責めしていた頃の投影が映し出されるが、

 

それをやり過ごして、ロケットが大気圏を抜ければ、

 

一体どうしたんだ、アセンションでもしたのか、

 

というくらい、突然、周囲の兄弟が優しくなる。

 

これはもう、気持ち悪いくらい、一瞬で変わる。

 

 

あまりにヘンなので、

 

オレ、元コンババ部長に訊いたもん。

 

なんか、僕に優しくなってません?

 

って…。

 

返事は 「いや、別に。」 だった。

 

blog.hoshitani-shusaku.com

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そんな感じで、今日は昼から会計事務所へ行ってきた。

 

いま、会社は税金申告の時期に来ていて、

 

少しでも節税するために、なんやかや、するのである。

 

会計士と話し合い、資産を可能な限り損金へ詰め込み、

 

不用な利益を削ってゆく。

 

言っておくが、

 

これは決して脱税ではなく、あくまでも、節税である。

 

 

5時半に打ち合わせが済み、時間もアレだったので、

 

直帰を決め、会計事務所から自宅まで、歩いて帰った。

 

気温は15℃。風もひんやりと心地よい。

 

今夜は、ちょっと奮発して、超高級和牛肉を買おう。

 

そして、ステーキに舌鼓を打ちながらワインを飲み、

 

クラウド録画のミヤネ屋を見るのだ。

 

あああ、法悦。