香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

先手は自分

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先週、社内の全体朝礼があったのだ。

 

僕たち香港組は、ZOOMで参加した。

 

画面には、本社の大会議室が映し出されている。

 

正面に向いて並んだテーブルに、

 

青いユニフォームを着た社員がずらりと腰掛け、

 

神妙な面持ちで社長の訓話を聴いている。

 

 

今までは何とも思わなかった光景なのに、

 

今回、この映像を目の当たりにしたとき、

 

「うわっ、気持ちわるうーっ!」と、悪寒が走った。

 

 

逸脱しないように、皆と同じように、前へ出ず…、

 

なぜ今までこんな場所に居ることができたのか、

 

自分でも不思議に思った。

 

いや、以前は逆だったのだ。

 

会社組織という集団の中に居てこそ安全で、

 

自分は守られている、と感じられていた。

 

また、みんなと同じであることで、

 

一種の帰属感や安心感を持つことができた。

 

 

「俺、今、牢獄にいる!」と気づけたのはやはり、

 

新型コロナの騒動がきっかけだった。

 

それまでは、世界中を慌ただしく飛び回り、

 

海外駐在員として待遇もよかったため、

 

ここがいかに、自分にふさわしくない場所、

 

であったかに全く気づかずにいた。

 

しかし、コロナ禍で世界の動きが停まり、

 

狭い香港に一年以上も閉じ込められたお陰で、

 

どんどん意識が内側へと向かっていき、

 

また、アニータの本も追い風になって、

 

自分の中に在ったすばらしいもの、

 

無限の本質、完璧な愛、心の友である彼、神、

 

などに気づいていくことができた。

 

すると、神から完璧に愛され、100%赦され、

 

全肯定され、受け容れられている自分が、

 

なんでこんな場所に居るのだろう(居てもいいが)

 

と思えてきたのだ。

 

と同時に、どこへ行っても自分は大丈夫であり、

 

〝彼〟や〝父〟が消えることはないと解かる。

 

 

 

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👆 今日のお昼はテイクアウトの麻辣牛肉麺

  激辛だがパクチーが効いていて美味かった


  

職場、家庭、コミュニティー、人間関係、など、

 

もし、失うことへの恐怖や、未来への不安、

 

自分には力がない、といった無力感から、

 

いまの場所に留まっているとするなら、

 

今自分は牢獄にいると自覚すべきだ、と、

 

ここまでやって来てようやく腑に落ちている。

 

恐怖や、不安や、無力感を根底に、

 

自分で決めてそこにいるので、

 

赦そうが、兄弟を愛で観ようが、無駄である。

 

同じ現象が、リピートリピートでループする。

 

そんな時、やることはただひとつだ。

 

自分を愛で観つめ、自分に優しくすること、

 

自分の中に在る〝彼〟(または父)の眼差しに

 

気づこうとすることである。

 

 

ただ、気を付けたいのは、自分責めの強い人は、

 

兄弟を愛で観ようとか、兄弟も無辜です、とか、

 

兄弟も私と同じ神の子です、というふうに、

 

自分よりも他者を先手に考えてしまうことだ。

 

まず、人のことなどどうでもいい。

 

自分を責めている時点で、自分はまだ、

 

他者を云々するところまで行っていない。

 

誰よりも私が正しい、と全肯定してやることで、

 

自分に力を取り戻すことが先決だ。

 

 

主張したり、言い返したり、怒ったりすることを

 

嫌ったり、苦手とするコース兄弟は多いが、

 

自分が不当に扱われていると感じたなら、

 

大ゲンカしてでも自分の自尊心を守ってやる。

 

やってみていただければ分かると思うが、

 

ぐちぐち絡んでプチ攻撃してくる相手に対し、

 

勇気を振り絞って、2回ほどドッカーンとやると、

 

不思議なことに、そういう事象が起きなくなる。

 

と同時に、あんなに苦手だった相手のことが、

 

なぜか、大好きになってしまうのだ。

 

 

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奇跡講座を読み、赦しを実践しているのも、

 

紛れもない肉体を持ったこの〝私〟である。

 

なので、先ずは〝私〟に愛を体験させてやる。

 

個の私など無かった、世界は本当に無かった、

 

と真に実感できるのは、そのあとである。

 

 

そんなわけで、自我から神へと、

 

一気に針を振り切ろうとすれば、

 

奥さん、ほんま、地獄見まっせぇ!

 

(最後は脅しかいっ!)