香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

感じて委ねる

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 👆 今日買ってきたこのグラス

    絶対10日後には割ってると思う

 

誰かに攻撃されてムカついた、とか、

 

誰かを攻撃してしまい罪悪感を感じたという時、

 

多くのコース兄弟なら、赦しを実践するだろう。

 

「ああ、私は神に攻撃されると信じていて、

 

    神から攻撃される前に、先手を打って,

 

    兄弟を攻撃しているのだ」

 

「これは実在ではない、分離は起こってない、

 

    世界も無い、故に、罪も存在しなかった」

 

と、真実を思い出そうとするだろう。

 

 

現に数年前の僕も、

 

断固三兄弟バリバリで赦しを実践していたが、

 

ナイナイ、とやればやるほど、職場などで、

 

定期的に同じような攻撃ループが展開され続け、

 

全く終わる気配を見せないので、

 

おっかしいなあ、どうしてだろう、と、

 

ずっと不思議に思っていた。

 

しかし、今ならそのカラクリがよく理解できる。

 

攻撃の想いを〝赦し〟でスルーしていたのだ。

 

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 👆 中国の煙草はデザインがキッチュなので

    ガラステーブルに入れてインテリアにした

    一箱50円くらい

  

 

攻撃の思いとは、

 

攻撃したり、されたりしたときに湧き上がる

 

憎悪の感情そのもののことではない。

 

攻撃した、攻撃された、と感じた時に出てくる、

 

怒り、憎悪、後ろめたさ、悲しい思いを、

 

ちゃんと自分に感じさせてやることなく、

 

それは無い、信じない、聖霊お願いします、と、

 

スルーさせ、抑圧してしまった自分への

 

〝憤り〟の想いである。

 

 

自己の内面(背後側)へ押し込まれた感情が

 

攻撃的な言葉となって、相手の口から放出され、

 

自分へと戻ってきているのだ。

 

それをまた、私はすでに天国にいます、と、

 

 体感なしに背後へスルーさせるので、

 

鬱憤の想念はずっと、内側へ抑圧され、

 

意識と空間の間をぐるぐる回り続ける。

 

 

だから、

 

相手から発せられる攻撃的な言葉や行為は、

 

もうやめてくれー、助けてくれー、と

 

次々に鬱憤を家の中に放り込む自分に対する

 

自分自身の〝憤り〟の声なのだ。

 

 

僕は、

 

せっかく出て来た〝愛を求める想い〟を、

 

無かったものとして扱うことこそが、

 

神の想いを隠蔽し、抑圧することであり、

 

それが本当の神への攻撃だ、と思っていて、

 

本当はどうしたいか、という自分の声 (本音)に、

 

先ずはきちんと耳を傾けてやることこそが、

 

〝聖霊に訊く〟ことなのだと思っている。

 

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じゃあ、断固三兄弟はダメなのか、というと、

 

そうではなく、肝心なのは、聖霊兄貴をちゃんと

 

内側に感じられているかが重要になってくる。

 

父や兄を内側に体感されていない状態で、

 

断固三兄弟をやってしまうと、どうしても

 

ハエ叩き方式の赦しになってしまう。

 

 

というわけで、今日は、

 

懐かしい断固三兄弟のお話であった。

 

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