👆今、新しいジムで筋トレ中
ここ数日、思ったら即行で実現する体験、
を書き連ねているが、
こうなったら嫌だな、やりたくないな、
というネガティブな願望の裏には、必ず、
こうだったらいいなあ、本当はこうしたいんだ、
という、真の願望が隠れていることに気づいた。
先日の、QBハウスで即行散髪、の件で言えば、
「明日のヘアサロンの予約取れるかな」
➡ 本当はいま散髪したい
「予約が取れても、夜に行くのはしんどいなあ」
➡ 本当は昼間に散髪したい
「でも、髪を切るのに土日をつぶしたくないし…」
➡ 本当は平日に散髪したい
QBハウスが現われ、しかも店内はガラガラ
➡ 並ぶのはイヤですぐに散髪したい
僅か10分、750円で好みの髪形に仕上がった
➡ 短時間で安く、好みの髪形に散髪して欲しい
色々ネガティブな事を考えてはいるが、結局、
平日の昼間に、並ばず、短時間で、
しかも安く散髪がしたい、が本音なのだった。
今回は、散髪という分かりやすい例だったが、
自分が本当は何を欲しているかを、
きちんと確認してやることはとても重要だな、と、
このとき改めて思った。
なぜなら、僕達は、いやだな、できない、どうせ、
というネガティブな想いを先行させることで、
本当の想いを隠蔽してしまっているからだ。
〝無理だ、できない、どうせ、こうに違いない〟
で自分の思考をストップさせることで、
その裏に走っている、本当はこうしたい、
という〝本音の想い〟を隠してしまっている。
ただし、本当の想いに気づいたからと言って、
それを行動にうつす必要はない。
事が成就しようがしまいがそれはどうでもよくて
要は、本音の自分は何を望んでいるのかを、
きちんと確認することが大切なのだ。
そうやって、想いを反転させ、
本当は自分が何を欲しているのかを知ることで、
自我の想念から神の想念へと、
意識をシフトさせてゆくことができる。
また、
この仕事嫌だな、から、本当は休みたかったんだ
にシフトすることで、気持ちも少し楽になる。
こうして、
本当はこうしたかったんだ、こうだったらいいなあ
を知った時に感じる、ウキッとする感じ、
なんかホッとした感じをちゃんと味わうことで、
ハートの感じ、天国の気配、無限の全体に在る
時の感覚を取り戻してゆくのだ。
それにしても、
思った傍から叶ってゆくパターン、だが、
思い返せば、香港支社閉鎖を告げられた時、
確かに、ずっとはイヤだけど、あと一年ほど、
香港に居て、このアパートに住み続けたいな、
とは思ったのだ。確かに…。(今思い出した!)
そしたら、
このコロナ禍でこの年齢であるにもかかわらず、
新しい会社のオファーが来て…、
という具合に事が運んでしまった。
いや、別にどうしてもそうしたい、
と思ったわけではなく、ただ、なんとなく、
香港にあと一年住めたらいいなあ、と、
想像してみただけなのだ。
まあ、今更ながらよく考えてみると、
もうその時点で、香港残留を望んでいたので、
日本へ帰国するかどうかなんて、
はじめから迷うことなどなかったわけだ。
というわけで、
今後は、自分の望みに責任をもたなければ、
マジでヤバいことになる、と感慨を新たにした
少し底冷えのする春の夜であった。