この世に継続可能なものなど何もない、と、
腑に落ちて以降、何も恐れるものなどないことを
身に染みて体感しているボクである。
安定した仕事、愛のあるパートナーシップ、
良好な人間関係、財産、若さ、家族、など、
そんなの、諸行無常の摂理から言えば、
突然、失って当たり前のものである。
また、別の言い方をすれば、
愛情が無くなってしまった夫婦関係や、
全く自分の本質に合っていない仕事や職場、
お金や生活のためだけに維持している何か、
もうとっくに終わっているのに手放せないもの、
といった〝負の継続〟に対しても、ほっとけば、
必ず移り変わり、消えてゆくものなのに、
掴んでいればいるほど苦しくなる。
それが体感として理解できていると、
今、ここに顕われている人や物や事柄を、
優しさや愛の眼差しで見過せるようになる。
諸行無常は愛である。
ハートの愛の流れを、僕たちは、
顕われては消えてゆく姿として捉えている。
神へと向かうハートのエクスタシーの流れが、
この現実世界では諸行無常のように見えている。
なので、諸行無常に逆らうのを止めることが、
神の流れに抵抗するのを止めることであり、
背後側(神側)へと方向転換する第一歩となる。
僕はいま、ほとんどの時間を、
この諸行無常の流れを全許容しながら、
ハートの愛の流れに身を任せて生きている。
すると、肉体がどんどん新陳代謝され、
新しい細胞が次々に再生されていくような感じで
現実の状況がよりよく整えられてくる。
何度も言っているが赦しは苦しいものではない。
赦すごとにある種の暖かい愛の感じに包まれる。
僕は、
現実がスムーズに動いているのを見ることで、
「ああ、兄貴による贖罪(取消し)がちゃんと
行なわれ、正しい道筋にいるのだな」
と感じる目安としている。
⇓ そして誰もいなくなったシリーズ!
と、そんなことを言っていると、突然、
僕のノートパソコンがぶっ壊れてしまった。
黒い画面に〝no bootable device〟と表示され、
起動しなくなってしまった。
幸いバックアップを取っていたので助かったが、
おいおい、パソコンまで終わるんかいっ!
で、新しいパソコンはアップルにするつもり。