聖霊の導きに従え、聖霊に訊け、と言われるが、
どれが聖霊の導きなのか全く分からないし、
聖霊に訊いても返事があるわけでもない。
まあ、王道のコースあるあるなのだが、
当然、僕もそうである。
なので、僕はいつも、
自分が〝ふと〟こうしたいなあ、と思ったことを、
全て聖霊からの導き、または声だと捉らえ、
素直に実行していくようにしている。
僕たちコース兄弟は、自分が思っていることは、
全て間違いであり、聖霊からの導きや声は、
バシャールとかみたいに別の所からやってくる、
と思っているところがある。
そして問題はそこにあり、
その思い込みこそが自我である。
なぜなら、
聖霊は自分の中の正しい心の部分であり、
聖霊からの導きや声は、自分以外の場所からは、
やって来ようがないからだ。
もし、別の所から何か聞こえてきたら、
それって、もうコックリさんだようー。(笑)
そしてこの〝ふっ〟と現われる思いは、
歌手になろう、とか、世界一周をしたい、
というような〝目標〟のことではなく、
日々の日常生活レベルで何気なく湧き出る、
小さな〝願望〟のことを指している。
僕のことを例に挙げると、ここ数日、なぜか、
夜12時頃に寝て、朝4時頃に目が覚める。
二度寝しようと思っても、目が冴えて眠れない。
7時半には起きて会社へ行かねばならないが、
このまま起きだして、何かをしてしまうと、
逆に、7時頃に睡魔に襲われ、
余計にしんどい思いをするような気もする。
こんな時、ふと、今からジムへ行こう、と思った。
ジムは朝6時から営業しているのだ。
しかし、すぐさま心の中から、
「4時間しか寝ていないのに大丈夫か?」
「今から支度するのもメンドーだし」
「おととい筋トレしたばかりだろう」
という抵抗の声が当たり前のように上がってくる。
それでも、どうせ眠れないのだし、まっいっか、
と跳ね起き、支度をはじめた。
よく考えてみれば、いまは事務所に僕一人で、
日本もGWの休みなので、気兼ねする必要もなく、
短パンとTシャツで出勤し、お泊りセットがあれば
ジムのシャワールームで髭剃りや歯磨きもできる。
結果、早朝のジムはガラガラで、
おまけにストレッチエリアで瞑想までできた。
ちょっと、あの本屋を覗いてみようかなあ。
➡ でも、早く家に帰って夕食の支度をしないと。
ちょっと、あの人に電話してみようかなあ。
➡ しかし、別に用事も無いし、LINEでいっかな。
あのシュークリーム、本当は3つくらい食べたい。
➡ 太る。夜だし。それに歯を磨いちゃったし。
行くって言っちゃったけど、本当は行きたくない
➡ でも行かなかったら、色々言われるしなあ
挙げればキリがないが、僕達は毎日、
数えきれないほどの導きに遭遇している。
そして〝➡〟の部分で導きに抵抗している。
別に、プチ願望を実行したからと言って、
何か好い事が起こる、という訳ではないのだが、
こういう、細かいことに許可を出すことによって、
自分を否定しない、自分を肯定し受け入れる、
強いては、兄貴を信頼することが可能になる。
そこから、神の愛を肯定し、兄貴を受け容れ、
少しずつ自己の内部が癒されてゆくのだ。
何度も言っているが、いきなり神、いきなり聖霊、
なんて、無理なのだ。
そんなことができていれば今頃全員天国である。
だから、先ずは自分からである。
一歩ずつ、足元から行くのだ!