香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

あります感

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見えない世界側が本当(現実)になり始めると、

 

たとえ目の前の現状がどうであろうと、いつも、

 

豊かさに満たされている状態となる。

 

そこには、金銭的な豊かさも含まれており、

 

現実的には、大金持ちというわけでもないのに、

 

自分はどんな時も豊かで、常にお金がある、

 

という感覚が意識の底辺に流れだすのだ。

 

ある意味、本物の貯金は銀行口座にではなく、

 

見えない世界側に無限にプールされており、

 

今、この瞬間に、望んだだけ造り出せる、

 

というふうに捉らえられてくる。

 

 

前側の見えている物質世界にフォーカスすると、

 

お金を含め、あらゆる人や物や事が

 

どんどん〝失くなってゆく〟ように映るのだが、

 

背後の無限の全体側に留まり続けていると、

 

〝常にある〟という体感が日増しに強くなり、

 

物理次元で、実際にお金があろうとなかろうと、

 

「ああ、大丈夫。望めばまた入ってくる」

 

という、根拠のない〝あります感〟に満たされる。

 

すると、本当にお金が入ってくる。

 

ちょっと、引き寄せチックでアレなのだが、

 

心の中で100万円ほしいと望んだら、

 

望んだ時点でもうすでに心の中には、

 

100万円がある、と言う感覚になる。

 

blog.hoshitani-shusaku.com

 

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そこで、この、いつも意識の底辺に流れている

 

〝有る〟という感覚は何なのだろう、と考えた時、

 

それは〝神が在る〟感覚なのだと気づいた。

 

要するに、

 

僕たちはお金そのものがほしいのではなく、

 

この〝神が常に有る〟感覚を味わいたいために

 

お金や肩書きなどが欲しいと思っているのだ。

 

 

なので実際には〝お金がある〟が先手ではなく、

 

〝神がある〟が先手であり、

 

神が先手となって得られた金銭的豊かさは、

 

決して、幻想を実在化させているわけではなく、

 

ただ、神の無限の側面が、

 

スクリーンに顕われているに過ぎない。