香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

秋はざま

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1年ほど前までは、今この瞬間に在ろうとすると、

 

いつしか自我の雑念がどわどわっと湧いてきて、

 

すぐに無意識状態に陥り、

 

自我が暴走を始めることが日常茶飯事だったが、

 

今はそれが全くない。

 

自我の声が止まった、というより、

 

意識が今この瞬間に目醒めていると、

 

在る(神/兄貴)の方に凌駕されすぎていて、

 

無い(自我)の入り込む余地がなくなるのだ。

 

これは僕の場合だけれど、無いよりも、

 

〝ある〟に気づくことで自我の声がなくなった。

 

 

話は変わり、今日もまた、スターチャンネルで、

 

『ラスト・クリスマス』という映画を見せられた。

 

今回は勝手に映画が始まったのではなく、

 

兄貴からこれいいよ、と勧められたのだ。

 

ストーリーは前回の『ハロー!?ゴースト』同様、

 

見えない相手に守られ、導かれる、といった、

 

ゴースト系の映画だった。

 

 

blog.hoshitani-shusaku.com

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それで、今日実感したのは、

 

兄貴が僕にずっと寄り添ってくれていたように、

 

誰にでも必ずそういう導き手がいるということだ。

 

その相手は、常に寄り添ってくれている。

 

僕のように見えることもあれば、

 

他者の振りをして出てくることもある。

 

見えるものに、聞こえるものに、触れるものに、

 

敏感になることでその存在に気づくことができる。

 

 

ただ、そういう普段は見えない存在に遭遇した時

 

「ああ、これはアサンデットマスターだね」とか、

 

「それは、自分の未来世で…」といったふうに、

 

安易にカテゴライズしてほしくないのだ。

 

なぜなら、そういうふうに捉えてしまうことで、

 

出会った時の感動が半減してしまうからだ。

 

彼らはあなただけのオリジナルな存在であり、

 

あなただけに会いに来た。

 

最高の恋人に出会えたと感動しているのに、

 

「ああ、この人は隣の旦那と同じタイプね」

 

と言われたらシラけてしまうだろう。

 

だから、

 

安易に外の情報を、自分の体験に当てはめ、

 

納得しようとしないでほしいと思うのだ。