香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

3S(真剣、深妙、深刻)

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この幻想の世界は苦しみしかない、

 

こんな地獄のような世界はうんざりなんだ、

 

存在もしない不安と恐怖の妄映など必要ない、

 

だ、か、ら…、

 

私は父が待つ故郷へ永遠に帰還したい、

 

というパターンでは、永遠に帰還できない、

 

という話である。

 

 

断言できる。絶対に無理である。

 

なぜなら、苦しい、うんざり、不安、怖い、

 

と言いながら何かを赦せるわけなどないし、

 

神と対極の境地にいて、神に戻るなんて、

 

絶対にあり得ないからだ。

 

 

こんなことを書くと、

 

ワプニック派からは総スカンを食らいそうだが、

 

真剣に、神妙に、深刻に自我と向き合うあまり、

 

笑顔がなくなった赦しはやはり苦しく、しんどい。

 

そして、苦しさは天国と離れていると思うのだ。

 

特にヘタレな僕は、どよよーん、過ぎて無理!

 

 

この幻想の世界は、

 

自分の心の中を象徴しているので、

 

自己の内側に神や愛が充満していれば、

 

夢の現実も愛と平安で輝いているはずだ。

 

なのに、外の世界が、しんどい、うんざり、不安だ

 

だ、か、ら、手放したい、となっているのは、

 

まぎれもなく、自我が先手に来ている。

 

なので、外側の世界で、笑顔が増えたなら、

 

神を感じられている、赦せていると確信していい。

 

 

例えば、自分は今、自宅にいるとする。、

 

玄関に鍵はかかっておらず、窓も開いている。

 

なのに、ここは不安だ、家の中はうんざりだ、

 

私はここから出て天国を望みますとやっている。

 

いやいやいやいや、よっこらしょと立ち上がり、

 

玄関から外へ出ていけばいいだけの話である。

 

 

心だけで赦し、実際的な行動を起こさない人は

 

(立ち上がって玄関から出ていかない人は)

 

これと同じことをやっている。

 

 

blog.hoshitani-shusaku.com

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起こっている波乱万丈な現実、

 

眼前に見えているちょっと苦手な兄弟、を、

 

「これは真実ではない」で片付けないでほしい。

 

すべて、意味があって出てきているのだ。

 

込み上げる、悲しみ、怒り、不安、恐怖 を、

 

「これは自我だ」でスルーしないでほしい。

 

それらはみんな愛を求める叫びだ。

 

 

神の視点から見れば、

 

悲しみも、怒りも、不安も、恐怖も、

 

みんな、完璧な愛であり、美しい。