香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

他者を恐れない

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自分の本質は無限の全体そのものだった、と、

 

真に体感してからの最も大きな変化と言えば、

 

他者を恐れなくなった、ということだろうか。

 

 

神から無条件に愛されていて、

 

ただ存在しているだけで愛されるに値する、

 

と智っている神の子である自分が、

 

分離した肉体だけで生きている者より、

 

弱いわけがない、と悟ったのだ。

 

これは、決して傲慢な気持ちから言うのではなく、

 

また、分離している方に力がないのでもなく、

 

どちらも自分で選んでいるだけのことである。

 

 

というのも、あるとき、神とひとつになり、

 

神を感じて歓びに溢れているにもかかわらず、

 

それでもまだ、

 

相手の顔色を覗ったり、人の目を気にしたり、

 

自分でない自分を演じている自分に気づき、

 

これはおかしい、と思ったのだ。

 

 

僕は長年、企業組織の中にいたので、

 

(まだ、あと2日いる)

 

相手側が主体となって動く行動パターンが

 

骨の髄まで身に染みている。

 

少々嫌なことがあっても合わせられるし、

 

おかしいと思っても、すぐにスルーできる。

 

 

企業では、一緒に仕事をする人を選べないし、

 

また、意味のない仕事も多い。

 

会議に合わせて資料を作ったとしても、

 

発表を終えれば、その資料は用済みとなり、

 

顧みられないものがほとんどだ。

 

そういった、

 

これまで何の違和感もなくやれていた行為が、

 

もうきつくてできなくなりつつある。

 

むかし、アンフィニのあやこさんが言っていた、

 

まるで、赤ちゃんの靴の中に入っていくような

 

窮屈さと不快感を感じてしまうのだ。

 

とは言っても、

 

企業という〝居場所〟を選んだのは自分であり

 

故に、選び変えられるのも自分である。

 

blog.hoshitani-shusaku.com

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もう、これからの僕は、心から幸せだなあ、

 

と思える兄弟たちのみと共にあり、

 

常に心からリラックスできる場所にいる

 

ことを選択してゆく。

 

 

神を感じていればどこにいても一緒ではないか

 

という人もいるが、どこにいても一緒なのなら、

 

自分が心底心地よいと思える場所に

 

身を置く方が賢明である。