香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

夢のなかにいる自覚


↑空港から家へ向かう2階建バスにて撮影
〝ひさびさに、書斎で過ごす、日曜日。〟

よし。五、七、五、決まった!(ただし季語なし!)


小説を書こうとしたが、なんか気乗りせず、

新作のプロットの整理などをしながら、

うだうだと過ごした。

香港もやっと秋本番を迎え、クーラーも必要なくなり、

網戸で十分涼しい季節となった。


今、ベトナムのハノイ旅行を計画している。

というのも、

宝石商佐藤氏に注文中のペンダントヘッドが、

来週末に出来上がってくるのだが、

ベトナムからは貴金属は郵送できないとのことで、

盗難の恐れもあるため、受取りはどうしても、

次回佐藤氏が香港へ来た時になってしまう。


そんなの、とても待ちきれない!


それで、

香港からだと飛行機でたったの2時間だし、

ええい、この際直接ハノイまで取りに行っちゃえ、

ということになった。

金曜の朝行って、日曜の夜帰ってくる予定。

旧フランス領のハノイの秋はとてもロマンチック。

なにかすごいアバンチュールを期待したりするが、

多分、佐藤氏と飲み明かして終わり、になるだろう。

ここのところ、

兄貴の光を延長させて過ごすことが主になっている。

〝世界人類が平和でありますように〟

というフレーズと共に、光が前方へ広がってゆく。

世界も、相手も、出来事も、無だったと実感でき、

自動的に赦しが完結されてゆく。


僕の場合、

聖霊兄貴の声が聞けるようになり、

自分をすべて聖霊に預けられるようになったのは、


〝見えているものはひとつ残らずでっち上げであり、

 幻想であり、夢なんだ。〟


と、思い込みでもなく、理解でもなく、頭でもなく、

100%の確信で実感できたときからだったように思う。


さっき気付いたのだが、どんな精神メソッドも、

必ず〝世界は幻想〟が根底になっている。

裏を返せば、ここに空気があるのと同じくらい、

〝世界が夢であること〟が当然になっていないと、

どんなメソッドを試してもだめだ、ということになる。



じゃあ自分はどういうきっかけで、

この世界が夢で幻想だと気づいたのだろう?

本で読んだり、コースを勉強して、ああわかった、

というのではなかったような気がする。


以前〝見えている全てを否定する〟というのを

実践していた時期があり、

「これはペンではない。」

「これは田中さんじゃない。」

「この出来事は全部起こってない。」

と、狂ったように強烈なスタンスでやっているうち、

「あれ?これって起こってるだけじゃん。」

「寝ている時の夢と同じじゃん。」

と気づく瞬間に遭遇し、そこから、

「ああ、これ、全部うそじゃん!」となった。


だが、そういう僕も、24時間、完全に、

夢を自覚しているわけではなく、

「ああ、出張行くのいやあ〜。」となってたりする。

それでも、根底には夢の自覚があるので、

ああ、これも消えてゆく姿であり、幻想なのだ、

と、スムーズに赦してゆくことができる。


この〝夢の自覚〟が本当の意味で入っていないと、

悶々としながら赦すこととなる。


明日は香港事務所へ出勤だ。

注文していた本は届いているかな。

たのしみぃ〜!