深圳工場の閉鎖に伴い、工場の食堂もなくなってしまった。
仕方なく、近くにある百貨商店でリンゴやビスケットを買って食べている。
リンゴは1個20円くらいで、安いのだが、日本のリンゴのようにみずみずしくない。
食べ物って、その土地の意識を表わすというが、中国は味全体が雑な感じがする。
今日、やっと会社設立に向けての全ての書類にサインをし終え、
会計士さんが手続き書類を政府へ提出した。これで僕のお役目もひと段落、
営業許可証が出るまで一息つけそう。
今週は6日から9日まで中秋節のお休みで香港は4連休だし、
大好きなお籠りをして、創作活動に専念するつもりだ。
専業主夫になりたいと、常々冗談で言っているが、
仕事をしていてよかったあ、とも思う今日この頃だ。
アンフィニをやっていたとき、ワクワクしないことをやめる、という名目のもと、
仕事を辞める人がたくさんいた。
0と1の設定を、より楽しい、ワクワクしたものにプログラムしなおしましょう、
どこまでも制限のない設定で思い切り楽しみましょう、ということなのだろうが、
僕はもうええわ。設定の世界はいらない。ここを終わらせて故郷へ帰りたい。
というのも、今日歯医者さんの待合室で『女性自身』を読んでいたら、
あの江角マキコのママ友事件が掲載されていた。
「うわ、こういうの、大好物!」と思いながら読み進めていく。
記事を読んで思ったのが、
美貌に恵まれ、人も羨むような仕事をし、地位のあるダンナと結婚して、
名門私立に通う子供がいる、という人でさえこうなってしまうのだ、という事実だった。
この0と1の世界では、絶対に真の安らぎと幸せは得られない。
だって、そう言うふうに設定されているから。
そのため、ワクワクを選択し続け、どこまでもシフトして、
設定を変え続けなければならなくなる。
考えるだけでしんどい。
↑ 負けるなマキコ!一茂夫人がなんだっ!もっとやれ!
いまは、我が家へ帰還するために必要な殆どの智識と啓示は仕事を通じて得ている。
仕事はしてもしなくてもいいのだが、自分の中にあると思っている罪悪感を、
なかったんだ、と認識してゆくには、鏡となる多くの〝他者〟が必要だ、とも思うのだ。
兄貴にゆだねる前に、一旦自己と対峙し、ちゃんと認識する瞬間がある。
〝他者〟の中に映し出される〝自己〟を見ることによって、
間違った知覚を取り消していける。
〝キャー!もうやめてーッ!〟
と、録音された自分の声を聞かされているようなおぞましさに、
走りだしそうになることも多々あるが、やはり〝他者〟を使うのが一番手っ取り早い気がする。
〝他者〟に言われた一言。〝他者〟が自分に対して行なった行為。〝他者〟の視線。
これは自分が映し出しているんだ、という解釈さえも必要ない。
〝これは全部、ウソなんだ〟と認める。
あとは兄貴がデータを削除してくれる。