香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

安室奈美恵と同一化

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平成から令和へ元号が変わったということで、

 

今日、香港テレコムのショップへ赴き、

 

自分のスマホを iPhone Xs Max に一新してきた。

 

全部が画面、顔認証で開く、画像美しすぎ、

 

512GBでYOUTUBE見放題、10分くらいで充電完了、

 

など、地味な機能がアップグレードされている。

 

特に、広角レンズが搭載され、ピクセル数が上った分、

 

これまでにない鮮明で美しい写真が撮れるのだという。

 

今後は、

 

このブログの写真もグレードアップされると思われ…。

 

 

しかし、古いスマホから新しいスマホに交換する際、

 

最も面倒くさいのが中身のデータの移動である。

 

古いスマホでバックアップを取り、中身を移した後も、

 

あらゆるアプリにパスワードを入れて、

 

新たなスマホで認証し直さなければならない。

 

これが嫌で、

 

ずっと新たなスマホに乗り換えるのを躊躇してきた。

 

で、覚悟を決めてショップへ行ったら、

 

香港テレコムのスタッフの人が全部やってくれた。

 

 

それに今回、ポイントがたくさん付いたとかで、

 

無線ヘッドフォンやら、緊急用充電池やら、

 

アワビの缶詰やら、XOのタレ、などの景品をもらった。

 

でも、この中にひとつとして心躍るものは無く、

 

アワビの缶詰めやXOは、家政婦のチョイ姐に、

 

その他のものは、他の友人に貰っていただくことにする。

 

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とまあ、そんな感じの毎日だが、

 

いま、自分は聖霊から学んでいるのだな、と実感する。

 

または、J兄貴から学んでいる、と言ってもいい。

 

僕が自我に没入し、はっ、とそのことに気づいて、

 

その心の中を直視する時、24時間、

 

僕のそばで、咎めず、責めず、何の批評もせず、

 

ただ、優しい眼差しで、僕を見つめる愛の存在…。

 

そんな聖霊兄貴と共に過ごすにつれ、僕はいま、

 

自分も聖霊兄貴のように在りたい、と、心底望んでいる。

 

 

仕事中、ちょっとしたことで同僚にイラッとくるとき、

 

嫌な予感と共に税務局からの封筒を開けるとき(笑)、

 

目の前を、僕の血を吸った蚊が飛んでいるとき、

 

NGT48の山口真帆暴行事件を見て「何で?」と思う時、

 

心の中で感じている〝想い〟を直視しながら、

 

聖霊兄貴を思い出していると、兄貴の感じ(スタンス)が、

 

僕の中に入ってくる。

 

すると聖霊兄貴の視線で世界を感じられるようになる。

 

なんだか暖かく、優しい眼差しで世界を赦せるのだ。

 

 

聖霊の考え方、聖霊のやり方、聖霊の見方を、

 

本来の自分を思い出すように学んでいっている。

 

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↑ まほほん。 

 

というわけで、

 

もうガチで、きっぱりと、この世界を後にすると決断した。

 

(まほほんの写真の下では、あまり説得力はないが…)

 

この決断の為の意欲が、聖霊を近くへ引き寄せるのだ。

 

力強く、決然と、決める。

 

これって、何をするにも本当に大事だな、と思う。

 

 

ただ、初めは、安室奈美恵を真似るアムラーのように、

 

憧れのスターの真似をする感覚で、

 

聖霊兄貴に慣れ親しんで行けばいいと思う。

 

最初から、ガンガンにギア全開でぶっ飛ばして、

 

自分の頬をバシバシやりながら進む必要はない。

 

(↑ あっ、これ僕です。)

 

↓ そう言えば、スマホからたくさんの事を学んだ。 

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前回の記事で、差し支えない、について言及したが、

 

聖霊を真似るように学んでいくと、

 

何でも同じに見えてくる。

 

例えば、

 

自分より、あの人の方が給料が多いと知っても、

 

あの人に自分はうまく利用されているように思えても、

 

自分が損失を被ることで、あの人が利益を得ている、

 

と見えるような状況にあったとしても、

 

それは、どちらがどちらでも差し支えがない、

 

要するに、同一の心がやっていることなので同じだ、

 

というふうに捉えられてくるのだ。

 

 

やがて、自分は外側の世界にいる時間よりも、

 

心の中にいる時間の方が多くなっていることに気づいた。

 

心の中にいながら、肉体を持って夢を生きている。

 

これって、一体、どういうこと?

 

つづく…。